わたしの怖い団地

小鳥 薊

その後の2話 さとるくん

私は、佐川夏海といいます。
昨年、私はおばあちゃんの家の近くに引っ越しをしてきました。

新しい学校、新しいクラスメイトにも慣れ、最近では違うクラスの子たちとも、気の合うグループを作っていろんな話をします。
私が言うのもなんですが、小学生って怖い話が好きでしょう?
私は正直、あまり好きではありませんが、グループの中に入るためには嫌々でも怖い話に付き合わなければなりません。
もちろん、好きな子の話とか、先生のグチとか、いろんな話題はあるけれど、中でも盛り上がるのは怖い話でした。

私は、一年前にこの学校で噂になった『口裂け女』と不運にも出くわしてしまってからは、怖い噂を耳にするのも口にするのも嫌でした。

それでも、友達は、いったいどこから調達してくるのか、誰かが必ず新しい噂を持っていてお願いしてもいないのに、我先にと披露したがるのです。


ある日、友達の真希ちゃんがこんな話を始めました。

「ねえ、さとるくんって知ってる?」
「え〜〜知らない。誰それ〜〜。」
『さとるくん』の噂。もちろん私も知りませんでした。

簡単に説明すると、さとるくんは知りたいことになんでも答えてくれるそうです。
さとるくんを呼び出すには、まずは公衆電話を探します。今ではなかなか見ませんが、真希ちゃんが言うには、さとるくんは昔に流行った都市伝説なんだそうです。
公衆電話を見つけたら、必ず10円玉を使ってまずは自分のケータイに電話を掛けます。繋がったら、公衆電話の方から、
『さとるくん、さとるくん、おいでください。さとるくん、いらっしゃいましたらお返事ください。』と呪文を唱えて公衆電話を切り、その後にケータイの電源を切っておく。そうすると、二十四時間以内にさとるくんから自分のケータイに電話が掛かってくるんだそうです。


「ねえ、今日の放課後、みんなでさとるくんを呼び出さない?」
友達の一人が言い出すと、数人が賛成しました。
「でもさ、公衆電話って近くにあったっけ?」
「え〜〜わかんなーーい。」

結局その日は、誰も近くに公衆電話のある場所が思いつかなかったので、何もせず解散しました。

それから数日後、真希ちゃんが言いました。
「公衆電話、見つけたよ!」
「……なんの話だっけ?」
「さとるくん!」
「ああーー。」
「どこにあったーー?」
「ほら、○○公園の横、」
「○○公園?」
その公園は真希ちゃん以外誰も知りませんでした。それもそうです、バスに乗って数分の場所にある公園でした。

「えーー、電話掛けるためだけに、バス賃払って行く?」
「……どうしようね〜。」

結局、バス代がもったいないという理由でほとんどの子が行かないと言いました。もちろん、私も行きたくなかったので行きませんでした。
それでも言い出しっぺの真希ちゃんと早苗ちゃんの二人は、これからでも行ってくる、と言って帰ってしまいました。


私は、翌日の事件まで、さとるくんの噂の結末の詳細を知りませんでした。真希ちゃんはあのとき話していなかったと思う。
まさか、あんなことになるなんて……。





私は、真希ちゃんと仲が良かった方だったので、昨日のさとるくんのことはすっかり忘れて真希ちゃんと放課後に遊ぶことにしました。
真希ちゃんは、私のおばあちゃんと同じ団地に住んでおり、またもう一人、団地に住むクラスメイトの南ちゃんと三人で、真希ちゃんの家に行きました。

(そうだ、帰りにおばあちゃんのところ寄って帰ろっと。)
真希ちゃんの家はうちのおばあちゃんと同じ玄関です。


しばらく普通に遊んでいると、真希ちゃんのケータイが鳴りました。
――ブーブーブー……――

テーブルに放置されていたバイブレーションに、一瞬、三人ともびくっとなりましたが、真希ちゃんのケータイだと気づき、彼女は自分のケータイを取りに行きました。
――ブーブーブ……――
「ねえ、ねえ!」
真希ちゃんが青い顔をして走ってきた。
「どうした?」
「見て……」

電話は公衆電話からでした。

「……どこからだろう、」
このとき、私はまだピンと来ていませんでしたが、真希ちゃんの顔は恐怖に怯えていました。
「さとるくん……かも……。」
「うそ、」
三人は、電話に出ることもできず固まっていました。

「どうする?出る?」
「私、イヤだ……出たくない。」
「私だって」
誰も電話に出たがらない。結局、無視しようかということになりました。
それでも、数分置きにケータイは鳴ります。
そこへ、たまたま帰ってきた真希ちゃんのお姉ちゃんが部屋にやって来て、
「うるさいから、出るよ。」
と言って、真希ちゃんのケータイに出てしまいました。


「ねえちゃん……やめてよ、なんで勝手に……。」
「……!……。」
真希ちゃんの制止を聞かずに電話を耳に当てているお姉ちゃんは、私たちと同様にしばらく固まったまま、そしてゆっくり電話を切りました。
「ねえ、真希……。なんか変なやつが出たよ。」
「……なんて、言ってたの?」

「……今、○○公園にいるよって。」
「え……。」

噂の続きってどんな話だったんだろう、と私は思いましたが、真希ちゃんに聞く前にまたケータイが鳴りました。

――ブーブーブー……――

「はい。」
真希ちゃんは、覚悟したように電話に出た。
「今、バスの中だよ。」

――ブーブーブ……――
「……。」
「今、学校だよ。」

――ブーブーブー…――
「……。」
「今、××団地だよ。」

――ブーブーブー…――

「ねえ、もう出るのやめたら?」
私は真希ちゃんを止めたのに、真希ちゃんは何かに取り憑かれたように出ては切って、出ては切ってを繰り返していました。
「……。」
「今、階段を上っているよ。」

真希ちゃんを揺さぶっても全く相手にしてもらえず、私と南ちゃんはその異様さと恐怖で耐え切れず、真希ちゃんの家を出ました。

靴を履き、勢いよく階段を駆け下りました。そして、階下のおばあちゃんの家のブザーを必死で押しました。
二人してギャーギャーしていると、一瞬、ふっとうなじのあたりに人が過った気配というか空気が動いたような感覚を感じ、階段に背を向けたまま私たちは身を潜めました。

(ねえ、いま、誰か後ろを通ったよね?)
(今、階段、上がってない?)
(……トントントンって……)
怖い、けれども私はその恐怖に耐え切れなくなり、後ろを確認せずにはいられなかった。
私が振り返ろうとした途端、玄関のドアが開き、おばあちゃんが立っていました。


結局、その後、おばあちゃんの家で落ち着きを取り戻した私たち二人は、真希ちゃんのことが心配になり、もう一度真希ちゃんを訪ねましたが、何度ブザーを押しても誰も出てきません。
真希ちゃんのケータイに掛けても繋がりませんでした。



次の日、学校で真希ちゃんに会いました。
真希ちゃんはいつもと変わらない様子で、
「ねえ、昨日なんで突然帰っちゃったのーー?」
と、ふくれていました。
「だって、ね……」
私は南ちゃんと顔を見合わせて、また真希ちゃんを見ました。
「あのさーー、さとるくんの噂って本当だよ……。」
そう言った真希ちゃんの顔は、さっきまでと違ってなんだかニヤニヤしていて不気味でした。



真希ちゃんは、さとるくんにどうしても聞きたいことがあったらしい。興奮しながらさとるくんが来た話をする真希ちゃんでしたが、結局最後まで何を聞いて、何て答えてもらったかは教えてくれませんでした。
私たちの中には、真希ちゃんが皆の興味をひきたくて嘘を付いているという子もいましたが、私はそうは思いません。
けれど、さとるくんについては、もうそれ以上聞きたくありません。


さとるくんの噂の結末を、後から他の友達に教えてもらいました。
さとるくんは知りたいことを何でも、それがたとえ遠い未来のことであっても一つだけ答えてくれるそうです。そして、さとるくんを呼び出すためには決して守らなければならないルールがあって、それを破ると、さとるくんに連れ去られてしまうというのです。

そのルールというのは、一つ、さとるくんから電話が掛かって来て、最終的に『後ろにいるよ。』と言われても決して後ろを振り向いてはいけないこと。
そして、二つ、後ろに立った時点で質問をしてもいいのですが、そのタイミングで質問を投げかけなかった場合にも、同様なんだそうです。

私は、あのとき、さとるくんかもしれないナニカの気配を感じたときにもしも後ろを振り向いていたら、どうなっていたのでしょう……。
おばあちゃんがドアを開けてくれなかったら、私は絶対に振り向いていたと思います。


それから、これは別の話になりますが、後日に私のママから、おばあちゃんの団地の七不思議の話を聞きました。
その中に、階段の男の子の話があり、違うと思うけれど、さとるくんとその男の子が私の中で重なりました。
誰がし出したか知りませんが、真希ちゃんも南ちゃんも七不思議のことを知っていて、互いに違うことも言っていたので確認しようもありません。
しかし、最後に南ちゃんが言っていました。

「私、さとるくんとその男の子って別人だと思う……。」

南ちゃんは、後から知るのですが霊感があるみたい。怖がらせると悪いから私には言わなかったと言っていましたが、
「だってね、見えるんだもん。その男の子、階段にいたよ。」
「え……。」
「私、その子見たけど、連れていかれてないでしょう?だからさとるくんじゃないんじゃないかな。」
「その子ってさ、ずっと階段のところで見えるの?」
「……う……ん……。」
「何?」


「……言いにくいんだけど、ね……夏海のおばあちゃんがドアを開けたときに一緒に付いて来て、押し入れの中に――。」

その後の言葉は、ちゃんと聞くことができなかった。
なんだか南ちゃんの声が遠くなって、耳鳴りがする。

――キーーーーン――



――イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ……タタククククク………――



「死んじゃえ。」



「今、誰が言った?……――――――――。」









          

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