半身の姉妹

小鳥 薊

結 美醜

翌日に起きたことは、もう思い出したくない。私はどこで人生を誤ったのか、誰かに教えてもらいたかたった。そうして過去を変えられるなら、もう少しマシな未来を手に入れるために藻掻きたい――。



香月は、「きれいなままで死にたい」と遺書を残して自殺した。

双子の片割れの細胞が壊死し始めると、もう一方の命も危ぶまれ、早急の分離手術が望まれた。しかし、葉月は手術を断固拒否して部屋に閉じこもってしまったのだ。
私と妻は途方に暮れてしまった。どうして葉月はそんなことをするのだろう。分離手術は願ってもないことではないのか。おそらく、香月の半身を切断してしまえば、今まで香月に吸い取られていた栄養分が全て葉月に行き渡り、顔だけではなく、肌質や髪質、全身の機能も正常化するであろう。そうなればおそらく葉月が望む美しさが手に入るというのに――。
(葉月、どうしてなんだ……)



私たち夫婦は、藤堂一族の秘密を知る親戚に相談し、強制的に双子を部屋から出して分離手術を決行することにした。
しかし、寝室のドアを抉じ開けたときには、すでに二人の姿はなく、窓の痕跡から葉月は片割れの骸を引き摺りながらどこかへ逃亡したことが見て取れた。
捜索中は、酷い暑さに私は熱中症様の症状に罹りつつあった。外は蝉の羽音が狂ったように響き、足下に落ちている蝉の亡骸に、二人の姿を重ねてしまう弱い自分を何とか振り払って探し回った。

三日後、二人は見つかった。
香月はこの夏の暑さに曝されたせいで、全身の腐敗が進み、皮膚は変色し巨人のように膨らんでいた。爛れた皮膚には蛆が湧き、酷い臭いもする。
対称的に、既に包帯を取っていた葉月の顔は美しくなっている。しかし、その表情は虚ろである。香月の半身の壊死が、葉月の半身を浸食し始めていた。見た目では分からないが、体の内部は……もう手遅れではないか。私の目にはそう映った。
「葉月……どうして、こんなことを。逃げずに分離手術をすれば、何もかもが手に入ったのに。お前には未来があったというのに」
「……お父さん、本当に……そう思っている……の?……」
「なぜだ、違うって言いたいのか、どうなんだ」
「私は今、とても幸せなの。初めて幸せを感じている……だって……憎くて仕方なかった妹が……こんなに醜くなったのよ……前の私より……酷い醜さよね。私はずっと、香月になりたかった……」
「葉月……」
「キレイなままでなんて……死なせない……わ……」

そう言ったっきり、葉月は何も話さなくなった。私は啜り泣いた。これが、あの美しかった香月か? そして優しく内気な少女のような葉月か?
どうして、こんな惨い運命を、二人は背負わなければならなかったのか。私は、十七歳の誕生日の朝、葉月が言った「神様はいたんだな」という言葉を思い出した。
(神様は、本当にいたのか? 葉月、これがお前の幸せなのか?)


結局、葉月は死に、私と妻は二人残された。
私は、藤堂一族の宿命を背負いながら、妻がどういう気持ちで半生を過ごしたのか、どういう気持ちで子どもを産んだのか、そして今何を考えているのか、落ち着いたら聞いてみたかった。私が知る妻は決してこの呪いに狂わされてはいなかった……はずだ。美醜についての感覚は、私には理解し難い部分もあるような気がするので、誰が正常で誰が異常かなんて、憶測でしかない。
私は――私は、自分の運命を受け入れて家族で生きていきたかった。もしも、妻がもっと先に秘密を告白してくれていれば――。もしも、生まれてすぐに分離手術をしていれば――。もしも、双子に別の方法で寄り添っていれば――。もしも、ばかりが頭に浮かんで仕方ない。
葉月が息を引き取る瞬間に立ち会ったのは結局、私と、一緒に捜索に出ていた警察官の男性の二人だった。
私は、葉月が美しく生まれ変わって三日でその命が終わってしまったことを、なんとも勿体ないと思うのだが、どうなんだろうか。美しく咲く花の命は短いものだし、葉月は、後悔はしていないように見えた。
私は、何と言っていいものか――あの死に際の葉月の顔が一生忘れられない。その顔は皮肉にも、この世のものとは思えないほどに美しかった――。

          

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