幼女の、幼女による、幼女のための楽園(VRMMO)

雪月 桜

生きて

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

「クー……?」

「大丈夫ですっ。必ず、助けますから!」

極度の緊張から、無意識に浅い呼吸を繰り返しつつ、ネネは腕の中で不安げな声をあげる子龍を励ました。

そのまま走りながら、音声入力でメニュー画面を開き、時刻を確認すると、まだ、みのりんと別れてから10分ほどしか経っていない。

とはいえ、体感的には、もう1時間くらいは走っている気分だ。

肉体的な疲労はないものの、精神的な疲労は、どんどん蓄積していく。

そろそろ、どこかで、身を潜めつつ、休息を取りたいところだ。

「あっ、あれは!」

そんな時、ちょうど目立たない小さな洞穴を視線の先に発見する。

念のため、周囲に黄金虎や、他のモンスターが居ないか確認して、ネネは穴の中に足を踏み入れた。

「ふぅ……なんか、ひんやりして涼しいですね。少し湿気も高いみたいです。近くに川でも流れてるんでしょうか……」

「クーッ」

「あっ、待ってください!」

洞窟に入ると、子龍が腕の中から、するりと抜け出し、独りでに奥へ向かってしまう。

ネネは慌てて追いかけつつ、狭い穴の中が妙に明るいことを疑問に思っていた。

「わぁ……綺麗……」

やがて、最奥に辿り着き、子龍を捕まえたところで、その疑問は氷解する。

それまでの細く天井が低い道とは異なり、最奥部は直径5メートルほどの小部屋のようになっていた。

更に、頭上は完全に吹き抜けになっており、キラキラとした陽光が差し込んでいる。

家具の類いは見当たらないが、かつて誰かが、ここで生活していたのかもしれない。

「しばらく、お邪魔させて貰いましょう。……はぁ、みのりん、大丈夫かな」

壁に背を預け、足を伸ばして、ようやく一息ついた。

そうして落ち着きを取り戻すと、咄嗟に囮を引き受けた、みのりんの顔が頭に浮かぶ。

…………みのりんは、いつもそう。

自由奔放で、いつも全力で何かを楽しんで、時には周りも遠慮なく巻き込む。

なのに、いざという時は、常に自分が矢面に立って、誰かを守ろうとするのだ。

自分の身を省みることもなく。

「カッコイイなぁ」

「クー?」

「あなたも、そう思いませんか? みのりんは、いつも皆の中心だったんです。みのりんの周りには、いつも誰かが居て、いつも皆の憧れだった。それは、あんな事があった今も、変わりません」

答えが返ってこないと分かっていながら、いや、だからこそ、心の内を素直に溢すネネ。

そして、みのりんと自分、二人の友人が背負ったものを思い出す。

そして、それでも変わらなかった、みのりんの強さを想う。

そして——、

「私も、あんな風になりたいです。誰かに向かって優しく、笑顔で、力強く、手を差し伸べられるように」

いつか叶えたいと願う、胸に秘めた決意を、口にする。

「クー?」

「今はまだ、泣き虫で、引っ込み思案で、誰かの後を追いかけるばかりの私ですけど。いつか、誰かの隣を歩き、時には手を引けるように。あなたを助けるのは、きっと、その第一歩ですねっ」

「クーッ!」

鳴き声と共に、子龍が頬を擦り寄せる。

きっと意味が通じた訳では、ないのだろう。

ただ、ネネが笑顔を見せたことに反応しただけ。

それでも、なんだか背中を押された気がして、ネネは疲れが吹っ飛ぶのを感じた。

「グルアァァァ!」

「っ!?」

しかし、目の前に迫る脅威は、そんな決意を嘲笑うかのように、足音を響かせた。

今になって、ようやく、ネネは自分の失態に気付く。

ここは、一本道の穴の最奥。

つまり、逃げ場のない袋小路を隠れ家に選んだということに。

「クー……」

「……大丈夫。あなたは逃げられますから」

そう、逃げ場がないのは、ネネ一人。

空を飛べる子龍は、頭上の吹き抜けから外へ出られる。

きっと、そう簡単に追い付かれることはないだろう。

「いいですか? あなたは一人で逃げるんです。私は、もう駄目みたいですから。でも、必ず戻ってきます。だから、どうか、それまで生きて」

願いと共に、ネネは一つの呪文を唱える。

それは、ステータスを向上させる支援系の基礎魔法。

さっき、図書館で覚えたばかりの魔法で、効果もあまり高くはない。

それ以前に、モンスターに効くか、どうかも分からなかった。

それでも——、

「……クーッ!」

込めた想いは確かに届いたようだ。

子龍は高らかに声をあげると、腕の中から勢い良く飛び立った。

「生きて」

飛び去る子龍を見送りながら、もう一度だけ、小さく願いを呟いた。

やがて、やって来た黄金虎が、ネネを見て忌々しげに雄叫びを上げる。

「さぁ、たとえ1分でも、1秒でも、あの子が逃げる時間を稼いで見せますっ!」

巨大な獣と相対する恐怖で足が震える。

そんな自分の弱気を振り払うように、ネネは修練場で得た魔導書を開き、力の限り喉を振り絞った。

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