グローオブマジック ー魔女の騎士ー
11.国立祭
緊急出動を終えて各隊が本部に戻ると、すっかり日が沈み始めていた。
夕闇に包まれていく訓練場に各チームが整列し、それぞれの各チームリーダーが隊長のフィートに報告を告げていく。
全ての報告が終わりわかったのは、南側の出動は空振りに終わり、結局交戦したのはルードたちの属するCチームだけだった。
「皆、ご苦労だったね。ここのところ出動が増えていて、皆疲れているだろう。早めに上がて休養を取ってくれ。この週末は国立記念日だ。当番の者以外はゆっくりお祭りを楽しんでくるといい。では、解散!」
フィートの掛け声で隊員たちは各々に散っていった。
休憩を取る隊員や宿舎に帰っていく隊員を尻目に、フィートがルードのところに歩いてきた。
「あぁ、ルード」
ルードはすぐに医務室に行って怪我の手当てをしてもらう予定だったが、フィートに呼び止められた。
「何でしょうか?」
報告なら先ほどしたはずだが。
「アレに関しての報告を聞かせてくれないかな?」
フィートは周囲に気付かれないようにわざと言葉を伏せて話した。スティアの様子のことだろう。
「特に問題ありませんでした」
「そうかい。……以降、君の魔力が戻ることはあったかい?」
意外ことを聞いてきたと思った。まさか自分のことに興味があるとは。
「ありません。今回の出撃でも同じような状況になりましたが、何も起こりませんでした」
「ふむ、分かった。定期的に報告はくれよ。君は黙っていると何も話してくれないからね」
困ったような笑みを浮かべるフィート。
ルードは心の中で少なくとも積極的に報告したい相手ではない、と毒ついたが態度に示すようなことはしない。
「……承知しました。怪我の手当てをしたいので、これで」
「あぁ、悪かったね。引き続き頼む」
ルードは敬礼をすると踵を返してその場を後にした。
「彼女はルードに影響を与えているようだね。さて、それが良いものか悪いものかはまだ様子を見てみないとわからないか」
フィートは誰にも聞こえないような小さな声でそうつぶやいた。
「ルードー!」
闘技場を出ると待ち構えていたようにラクトたちが声をかけてきた。
「なんだ、ラクト。それにみんなまで」
リイル、スティア、それにアリエル、隊のメンバー全員がそこにいた。
「週末のお祭りどうしても行けないのかい?」
「あぁ、俺は当番で本部で待機だ」
「それ、誰かに代わってもらえないの? なんでわざわざアンタが」
どうやらラクトたちは明日の国立記念祭のことで打ち合わせに来たようだ。
「代わってくれる奴なんているか。それに、知っているだろう? 俺はあまり人人混みのあるところに行きたくない」
昼間のようなことになるからな、とは気分が悪くなりそうだったから言わなかった。
「国立祭の日に本部に誰も残ってる奴なんていないわよ?」
「じゃあその間に敵が来たらどうするんだ? 俺だけでも残っていないと大変なことになるぞ」
「君だけ残っていたって今日みたいな数の使い魔が来たらどうしようもないじゃないか?」
「少なくともみんなに知らせることはできる。魔女狩り部隊が本来の役割を果たせないんじゃいる意味もないからな」
リイルとラクトが交互にルードを説得したが、ルードは当たり前のように退ける。
「ね、言っただろう? 無理だって」
「仕方ないわよ。私たちだけで行きましょう?」
その後ろには肩を落として俯くスティアがいた。
「どうしても、駄目ですか?」
スティアは諦め切れずに尋ねる。
(やっぱりコイツが原因か。大方、俺が行かないのなら行かないとでも私も、とでも言ったんだろう)
普段から冷たく接している二人が、自分を説得に来るなどおかしいと思っていた。
「隊の仲間と親睦を図るのも隊員の仕事だ。俺抜きで行って来い」
「隊員と親睦を図るのもリーダーの仕事」
アリエルまでそんなことを言ってきた。
「確かに。だが、仕事を放り出してまですることじゃない。アリエルはここに来て初めての国立祭だろう? 楽しんで来い」
「……」
アリエルは、むう、と唸って黙り込む。しかし、その頬が国立祭を思い浮かべて若干膨んでいるように見えた。
「分かってくれ。仕事なのもそうだが、そんなところに行って、俺の魔力無しがバレたらお前らにまで被害が行くぞ? そうなりたくないだろ?」
昼間のことを思い浮かべて、全員が黙ってしまう。
「だから、スティア。俺のことはいいから行ってやれ。お前が行けば万事解決なんだろ?」
じろり、とラクトを睨みつける。ラクトは慌てて目を反らして口笛を吹き始めた。どうやら図星だったらしい。
「私、ルードさんにも普通の人と同じように楽しんでもらいたいんです。おかしいですよ。魔力がないから差別されるなんて」
「おかしくない。俺が逆の立場だったらそうしている」
「おかしいです! そんなの、悲しいですよ……」
すねたような声で、半ベソをかいてスティアはそう言った。
(確かになんでだろうな?)
いつからこんな世界になったのか。魔力がないだけで差別の対象となる非情な世界。彼女はそれを悲しいと言った。
ルードのことを思って、悲しいと言ってくれた。彼にはそれで充分過ぎるほどだった。
(俺には、お前に悲しんでもらう資格なんてないのにな)
ルードはそれが悲しかった。しかし、それを彼女に伝える訳にはいかない。
大袈裟にため息をついて自分の表情をごまかす。
「ったく、この世間知らず。そんなこと他人の前で言うなよ。お前が差別されるぞ?」
「いいえ、何度でも言います。ルードさんだけ差別されるのはおかしいです」
涙目ながらに彼女は真剣な眼差しで語った。
「変なところで頑固だな、お前は。……わかった。じゃあ、お前が夜店で食べて美味かったものを俺に差し入れしてくれ。俺はそれで充分だ」
そうでなくても昔から人混みは嫌いなんだよ、と付け足してルードは自分なりの譲歩をした。
「ルードさんだって頑固じゃないですか」
「うるさいな。どうするんだ? 俺にその余韻さえくれないなら、それでもいいぞ?」
「うー。どうしても来ないつもりなんですね。いいです。わかりました。お腹一杯になったって最後まで食べてもらいますからね」
最後にはスティアが折れる形となって決着した。
(ったく、面倒臭い)
心ではそう思いながらも頬が緩むのは止められなかった。
先日の出撃以来、使い魔発見の報告はなく出撃することはなかった。
しかし使い魔が発見されるということは、どこかで魔女が発生しているか、発生しかけているということだ。
緊迫する雰囲気の中、部隊は訓練を続けた。
そして週末、国立記念日――。
雲一つ見当たらない青空が広がり、天気は見事な快晴となった。
昨夜まで上着がなければ、とても外を歩けないような気温だったにも関わらず、すっかり小春日和になっていた。
「やれやれ今日は暑いな」
早朝訓練をしていたルードは、剣を地面に突き刺して汗を拭った。
(今日は国立祭だったか)
あの後もスティアには何度となく誘われたが、結論は同じだった。
自分には関係がないこととはいえ、そう何度も言われれば嫌でも覚える。
「早めに切り上げるか」
あまり長い時間訓練をして他の隊員に見られでもしたら「国立記念祭の日にまで訓練かよ」と言われかねない。
ルードは剣をしまい、早々に宿舎へと戻って行った。
「やあ、いい天気だね。ルード」
自分の部屋のドアを開けるとラクトにさわやかな声で迎えられた。
勤務前に着替えようと部屋に戻ったのだが、まさか部屋に全裸の男が仁王立ちしているとは思いもしなかった。
「……真っ裸で何やってんだ、お前」
いつもはギリギリまで寝ている男が起きていることすら驚きで、この変わり身の早さに呆れて言葉が出なかったが、構わず部屋に入った。
「いやあ、今日の戦場にどの服を着て行こうか悩んじゃってネ。ルードも一緒に考えてくれよ」
「甲冑でも着て行け」
取り付く島も与えず、ルードは汗で湿った服を脱いだ。
「冷たいなぁ。今日はスティアちゃんとの初めてのデートなんだぜ? ちょっとは気にしてくれてもいいだろ?」
ラクトはなよなよとルードに擦り寄っていく。
「あぁ、わかった。わかったから、その貧相で香水臭い体をさっさと隠せ。それと擦り寄って来るな」
ルードはそれに取りあわず、着替えを進めて行く。
「ルード」
「なんだ?」
「今夜はキメるぜ?」
ラクトはがしっと肩を組んで、本人はニヒルな笑顔、と思っているであろう不気味な笑みを浮かべた。
「俺にはすでにお前の頭の中がキマっているように見えるな」
薬でもやってるのか、と彼の腕を振り払おうとした瞬間だった。
「おっはよーん!」
突然、ドアが開いてリイルが部屋の中に突撃してきた。
「もう準備は済んでるかなー? しっかりおめかしできた? んー?」
元気に飛び込んで来たリイルは、その光景を見て固まった。
全裸の男が上半身裸の男に抱き着いて、こう、指の先で「の」の字を書いているのだ。
その姿は妙になまめかしく、リイルの視線を釘付けにした。
「な、なななななな、なん、何してんの、アンタたち。ま、まさか……!?」
悲鳴にもならない驚愕した声を上げて固まっていた。
「リイルさん、どうかしたんですか!? あ……」
後から入ってきたスティアもその光景を見て固まる。まるで石化の魔術でもかけられたかのような硬直ぶりだ。
「……ボーイズ・ラヴ?」
最後に部屋を覗き込んだアリエルが妙に良い発音でそう告げた。
「「ちっがーう!!」」
悲鳴のような声を隣の部屋にも聞こえるような大きな声で上げたが、悲鳴は男二人の野太いものであったため、宿舎の隊員たちは誰ひとりとして気にする者はいなかった。
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