赤髪の女勇者アンナ ~実は勇者だったので、義妹とともに旅に出ます~

木山楽斗

第85話 本当の最期は

 水魔将フロウは、オルフィーニ共和国の中心都市ブームルドにいた。
 彼が立っているのは、ある建物の中である。
 彼はそこで、分身の戦いを見ていたのだ。

「拙者の分身五体を、全て使っても敵わぬか……」

 フロウは、勇者一行と戦うにあたって、水の分身《アクア・シャドウ》を用意していた。
 最初にアンナ達の前に現れたのは、分身だったのだ。そこから、四体の分身を作り出し、アンナ達と交戦したのだった。
 つまり、フロウは自爆しておらず、アンナ達の前にすら、姿を見せていないのだ。

「……ここは引くしかないか」

 しかし、フロウもこれ以上戦うことができなかった。
 分身の操作にも、かなりの闘気を使う。これ以上戦っても、フロウに勝ち目はないのだ。

「フロウよ……」
「あ、あなたは……」

 そんなフロウの後ろから、声が聞こえてくる。
 その声は、フロウもよく知っている者の声だ。

「操魔将……オーデット様!?」
「まさか、生きていたとはな……」

 それは、魔王の側近であり、魔将の一人、オーデットだった。

「はい……この度は、申し訳ありません。勇者一行に、拙者の力が及ばず……」
「それはいい……お前が無事で何よりだ……」
「オーデット様……ありがたき幸せ」

 オーデットの言葉に、フロウは感動する。
 自身の無事を喜んでくれるのは、嬉しいものだった。
 だが、同時に自身の失敗を悔やんだ。フロウは、自分の失敗を重く受け止めるのだった。

「さて、それでは帰還するとしようか……」
「はっ……」

 しかし、フロウはここで一つの疑問を覚える。
 それは、何故オーデットがここにいるのかということだ。
 魔王の側近である彼が、目的もなくここにいるはずはないのである。
 そのことに、フロウは何か嫌な予感がするのだ。

「オーデット様……一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「む? なんだ?」
「どうして、こちらに……?」

 そのため、フロウはオーデットに質問することにした。
 疑念を晴らさずには、いられなかったのだ。

「……そうだな。お前を……」

 そこで、オーデットはフロウに指を向けた。

「仕留めるためだ……」

 そして、その指から糸のようなものが放たれる。

「うっ……」

 糸はフロウの心臓部に、突き刺さった。
 一瞬の出来事故、フロウは何も抵抗できなかったのだ。

「くっ……」

 フロウは、自身の体から力が抜けていくのを感じる。
 明確に、死というものが近づいているのがわかってしまう。

「な、何故……」

 そんなフロウの口から出るのは、疑問だけだった。
 味方であるはずのオーデットが、何故自分を殺すのか、それがわからないのだ。
 勇者に負けたとはいえ、殺される程、魔王軍は非情ではなかったはずである。

「何故か……そんなことは、お前が知る必要はない」
「くっ……」
「己の非力を恨むのだな……」

 フロウに返されたのは、そんな言葉であった。

「あ、兄……者、魔王……様」

 フロウが最期に思うのは、自らが忠誠を誓う者達だ。
 このオーデットは、いずれそこにまで牙を向けるだろう。

「死ねい!」
「がはっ!」

 フロウは、ただその者達の無事を願うのだった。





 アンナ達は、フロウとの戦いが終わった後、エスラティオ王国軍と合流していた。
 水魔団のほとんどは投降し、戦いは終結しようとしている。フロウの敗北により、水魔団も手を止めるしかなかったようだ。

「プラチナス……」
「ツヴァイ様……お久し振りです」

 ツヴァイは、そこでプラチナスを認識する。
 カルーナから話は聞いていたが、自身の部下と再会し、喜ばずにはいられなかった。

「よく来てくれた……お前のおかげで、助かったぞ」
「いえ、ツヴァイ様のお役に立てたなら、光栄です」
「ふっ! お前は変わらんな……」

 ツヴァイは腹心の言葉に、笑みを浮かべる。
 変わらぬ部下を、嬉しく思ったのだ。
 そんな二人の横から、声をかける者がいた。

「プラチナス」
「カルーナ、君か」

 それは、カルーナである。
 助けられた張本人のため、お礼を言いに来たのだ。

「今回は助かったよ、ありがとう」
「構わんさ、私の力はツヴァイ様のものだ。故に、君のために力を使うのも当然だ」
「……本当に変わってないみたいだね」

 プラチナスの言葉に、カルーナは笑う。
 かつて死闘を繰り広げた二人には、奇妙な絆があったのだ。

「女王様……」
「アンナ、久し振りだな……」

 そんなカルーナ達から少し離れ、アンナはレミレアと会話していた。

「この度は、本当にありがとうございました」
「ふむ、それは構わん。妾達が、魔王軍と戦うのは当然のことだ」

 アンナのお礼に、レミレアは毅然とした態度で答える。
 アンナには、そんなレミレアに聞いておかなければならないことがあった。

「……それで、このオルフィーニ共和国は、どうなるんでしょうか?」
「……厳しい状況だな。この国の首相は、この戦いで命を落としたようだ。しばらくは、混乱が続くだろうな」
「……そうですか」

 オルフィーニ共和国の受けた打撃は、かなり大きいようだ。
 アンナはそのことに、心を痛める。アンナ達は、間に合わなかったということなのだ。

「アンナよ、責任を感じることはない。そなたらは、こうして国を取り戻したのだ。それでいいではないか……」
「しかし……」
「例え、イルドニア王国からすぐに出発していたとしても、万全ではないそなたらでは水魔団に勝てなかったろう。つまり、結果は変わらんかったということだ」

 レミレアの言葉は、アンナも理解している。
 だが、それでも悔やまずにはいられなかった。

「アンナよ、そなたは勇者だ。しかし、勇者にもできないことはある。それを悔やむのはいいが、引きずってはならん。戦いは、まだ続くのだからな……」

 レミレアは、そう言って去っていく。
 アンナは、立ち尽くし、これからのことを考えるのだった。





 ティリアは、ネーレとともにいた。
 ネーレの傷を回復するためである。

「はあー、ティリア達って、すごいんだなー」

 ネーレは、勇者一行の強さに感心しているようだ。

「わ、私は別に……」
「いや、ティリアの回復がなかったら、今頃死んでいたし……」

 ネーレは、フロウの攻撃によって、傷を負っていた。
 ティリアの即興に回復で、なんとか傷を塞いだが、念入りに回復しておく必要があったのだ。

「ネーレさんだって、あの水魔将に立ち向かったんですから……」
「……まあ、なんとか助かったけど……」

 ネーレがいなければ、アンナ達の戦いはより厳しいものになっていただろう。
 ティリアとしては、真っ向から水魔将に立ち向かったネーレは、充分すごいと思えるものだった。

「あんなのとアンナは、毎回戦ってきたんだよな……」
「……そうですね。アンナさんやカルーナさんは、とてもすごい人達です」

 二人は、勇者とその妹に感嘆する。
 自分達とそう変わらない年齢の者達が、あそこまで戦えることに、尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

「ま、今回は助かったし……よしとしようか?」
「はい、それでいいと思います」

 そんな話をしながら、ネーレの治療は続いていくのだった。

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