赤髪の女勇者アンナ ~実は勇者だったので、義妹とともに旅に出ます~

木山楽斗

第81話 三叉槍の陣

 アンナ達は、水魔将フロウと対峙している。
 フロウの分身攻撃に、本体が動けないという弱点を突いたアンナ達だったが、これも防がれてしまった。

「陣形を変えるとしようか……」
「ふむ、そうしよう」

 アンナ達が体勢を立て直していると、フロウの分身達がそう言い始める。
 すると、一人の分身が本体の前に立ち、残りが前に出てきた。

「これぞ、三叉槍のトライデント・陣《フォーメーション》」
「これで、本体には触れられんだろう……」
「先程の攻防でわかったが、そちらで拙者達に対抗できるのは、二人……つまり、攻撃は三人で充分だ……」
「くっ……!」

 その陣形に、アンナは息をのむ。
 フロウの言う通り、アンナ側で本当に戦えるのは、アンナとカルーナしかいない。ネーレやティリアも、少しくらいなら戦えるが、長期戦になればまずいのだ。
 よって、今の状況は、アンナ達の方が、不利とさえいえる。

「アンナ、俺がなんとか一体を引き付ける……」
「ネーレ……だけど」
「危険は、承知さ……それでも、アンナやカルーナが二人同時に相手するよりはましなはずだ……」

 悩んでいたアンナに、ネーレがそう話しかけてきた。
 ネーレの言っていることは、アンナもわかる。
 もし、ネーレが戦わなければ、アンナかカルーナが二体の分身と戦わなければいけない。しかし、それはかなり厳しいのだ。

「アンナさん、ネーレさんは私が手伝います」
「ティリア!?」
「二人なら、なんとか足止めできると思います。その内に、分身を倒してください……」

 続いて、ティリアもそんな提案をしてきた。
 つまり、二人が引き止めている間に、アンナかカルーナが分身を倒し、そちらに行くという作戦のようだ。

「お姉ちゃん、やるしかないよ」
「カルーナ……」
「今はその作戦しか、勝つ方法がない……それなら、それに賭けようよ」

 カルーナも、その作戦に乗る気らしい。
 確かに、今できる最善はそれである。アンナも、覚悟を決めることにした。

「わかった……でも、危険になったら、逃げるんだ、いいね」
「ああ、わかったぜ……」

 話が纏まり、それぞれフロウの前へ行く。

「なるほど、そうするか」
「確かに、それが一番いい手だろう」
「ただ、どれだけ持ちこたえられるかだな」

 フロウの分身が、一斉にアンナ達の元へ迫ってくる。
 アンナは、聖剣を構え、それを迎え撃つ。

「おっと……その攻撃は、受けたくないな」
「くっ……」

 フロウの分身は、攻撃を中断し、聖剣を躱した。さらに、後退して、アンナから距離をとっていく。早く勝負を決めたいアンナにとって、それは嫌な手だった。

紅蓮の火球ファイアー・ボール!」
「こちらも恐ろしい攻撃か……」

 カルーナの戦いも同じである。
 フロウの分身は、カルーナの魔法を躱し、距離をとっていく。
 どうやら、アンナとカルーナに対しては、時間を稼ごうとしているようだ。

「さて、問題はこちらだな!」
「くっ……!」

 一方、ネーレとティリアに対して、フロウは攻撃の手を緩めない。
 恐らく、二人を仕留め、アンナとカルーナの元に向かうという作戦なのだろう。

麻痺呪文パラライズ!」
「それか……」

 そこで、ティリアの魔法が放たれる。攻撃に夢中になっていた分身は、それをよけることができなかったようだ。
 これにより、一瞬だけ動きが止まった。

「そりゃああああ!」
「ふっ、だが……」

 そこに、ネーレの短剣が振るわれる。
 隙だらけの分身を、何度も斬りつけた。

「その程度か……」
「くっ!」

 しかし、分身には傷一つついていない。
 根本的に闘気の格が違いすぎるため、攻撃が通らないのだ。
 フロウが、ティリアの魔法を受けたのは、ネーレ側に有効手段がないとわかっていたからだろう。

「む、動けるかな」
「うっ……」
「ネーレさん!」

 ティリアの魔法が切れたため、分身が動き始める。

水の切り裂き術アクア・スラッシャー!」
「ぐわあああああああ!」

 分身の手に水できた刃が現れ、それでネーレが切り裂かれた。
 あまりの痛みに、ネーレは大きく声をあげる。

回復呪文ヒール!」

 ネーレの体から、血しぶきが舞う前に、ティリアは回復魔法を放っていた。
 その回復魔法により、ネーレの体から傷が消えていく。

「ああああああああああ!」
「何!?」

 それに合わせて、ネーレは身を翻し、分身の後ろ側に回った。

「だが、お前に有効打があるの……か」
「気づいたか……」

 分身は、そこで気づく。自身の首に何かが巻かれていることに。
 それは、細く固いものである。

「鉄線か!」
「特別製だぜ、喰らいな!」
「ぬうっ!」

 分身の首に、鉄線が食い込んでいく。
 闘気の差があっても、その締め付ける力は強力である。

「悪くはない手だ……だが!」
「くわっ!」
「まだまだだな」

 しかし、その攻撃は長く続かなかった。
 分身がその体を大きく回し、ネーレを空へと振り上げたのだ。
 ネーレは、為す術もなく空中を舞う。下では、分身が攻撃を構えているが、ネーレは空中で動くことなどできないのである。

麻痺呪文パラライズ!」
「もう喰らわんさ……」

 ティリアが魔法を放ったが、それも躱されてしまう。
 分身は、落ちてくるネーレを確実に仕留めるつもりである。

「ネーレ!」
「ネーレさん!」
「行かせんさ」
「お前達の相手は、拙者達だ」

 アンナとカルーナも、ネーレを助けようとするが、目の前にいる分身がそれを邪魔し、思うように手助けできないでいた。
 ネーレにとって、絶体絶命の状況である。

「ふん!」
「むっ……!」

 だが、そこでネーレを狙う分身の体は大きく後退した。
 突然現れた何者かによって、その体を蹴飛ばされたのだ。

「ネーレ!」
「あっ……!」
 
 現れた者は、空中から落ちてきたネーレの体を受け止める。

「お前は……」

 吹き飛ばされた分身は、その者を見て目を丸くした。
 その者は、フロウにとってはかつての仲間であり、今は勇者一行についている。

「竜魔将……ガルス!」
「ぎりぎり間に合ってよかった……下がっていろ」
「あ、ああ……」

 ガルスは、ネーレを下しつつ、後ろに下がらせた。
 そして、目の前にいる分身に目を向ける。

「ここからは、俺が相手しよう」
「なんという不運……勇者姉妹に、竜魔将とは……」

 フロウは、ガルスの登場に、かなり驚いているようだ。フロウの作戦は破れたともいえるので、それも当然だろう。
 ガルスの登場によって、戦況は有利となる。少なくとも、アンナ達はそう思っていた。

「なるほど……」

 そこで、フロウはゆっくりと口を開く。
 どうやら、驚きは去ったようだ。

「流石に、この三人を相手するのは厳しいか……ならば!」

 フロウの一声で、アンナ、カルーナ、ガルスと対峙していた分身が形を変える。
 分身は、それぞれ水の柱に変わり、その場に留まっていた。
 アンナ達は、何か攻撃がくると思い、身構える。

「次の相手は、拙者ではない……お前達は、お前達自身と戦うのだ……水の鏡アクア・ミラー!」
「何!?」
「これって……」
「馬鹿な……」

 フロウの一声で、水の柱が姿を変えた。
 それは、先程まで水の柱に映っていたもの。
 つまりは、自分自身、

「私……? 聖剣まで……」
「その通り……私は、あなた自身」

アンナは、アンナと、

「どういうことなの……?」
「驚いているみたいだね」

カルーナはカルーナと、

「こんなことができるとはな……」
「流石にこれは予測できなかったか……」

ガルスはガルスと、対峙することになったのだ。

「これが、水の鏡アクア・ミラーの力……自身と戦うということは、どういうことかわかるか? 決して負けないが、決して勝てない。つまり、お前達が辿る道は、引き分け以外ないのだ」

 フロウは、笑う。
 アンナ達の自身との戦いが、始まろうとしていた。

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