赤髪の女勇者アンナ ~実は勇者だったので、義妹とともに旅に出ます~

木山楽斗

第77話 砕かれた鮫肌

 ガルスは、オルフィーニ王国の中心都市ブームルド内を駆け抜けていた。
 その目的は、都市を浸水させている即席インスタント・水没器ウォーターを破壊することだ。
 道中、ガルスはエスラティオ王国の兵士達と遭遇し、事情を聞かされた。
 周囲の水魔団は、その兵士達が引き受けてくれる。そのため、ガルスが目指すべき場所は、ただ一つであった。

「ここか……」

 走っているガルスは、青い球体を捉え、足を止める。
 それこそが、即席インスタント・水没器ウォーターだ。

「来たか……」
「む? お前は……」

 その即席インスタント・水没器ウォーターの前に、一人の男が立っている。

「我が名はシャード、水魔団幹部の一人である」

 男の名前は、シャードというようだ。
 その見た目は、サメと人間が合わさったようなものである。つまり、サメの獣人だ。

「竜魔将ガルス殿、あなたとは、是非手合わせしてみたかった」
「ほう?」
「だが、このような形でそれが実現したのが、残念でならん」
「……何が言いたい?」

 シャードは、ガルスに対して敬意を払っているように見えるが、その態度は余裕そうでもあった。
 それは、まるで自身の勝利を確信しているかのようだ。
 その態度を訝しく思い、ガルスは問い掛けるのだった。

「この戦いは、非常に一方的なものになってしまうだろう……私の力を惜しみなく使えば、あなたは勝てないのだ……」
「何か自信があるようだが、そんなことはやってみなければわからんことだ」
「ならば、来るといい。己の敗北を、確信するだけだがな……」
「ほう? なら、いくとしようか」

 シャードの妙な自信をおかしく思いながら、ガルスはゆっくりと近づいていく。
 シャードは、そのまま動かず、ガルスの攻撃を待っているようだ。
 そんな隙だらけの状態は、ガルスにとって絶好の的であった。

竜人拳リザード・ナックル!」
「ぐぅ!」

 ガルスの拳がシャードの頭に突き刺さる。
 シャードは特に抵抗することなく、吹き飛び、地面に叩きつけられていた。
 ダメージを軽減した訳でも、なさそうだ。
 意外にも呆気なく、攻撃が当たったため、ガルスは疑問を感じてしまった。

「むっ……」

 そこでガルスは、あることに気づく。
 それは、自身の拳に起こったある変化である。
 ガルスの拳は、刃物によって切られたように傷ついており、そこから赤い血が流れていたのだ。

「これで、理解しただろう……」

 ガルスが驚いていると、シャードが立ち上がっていた。
 シャードは、特に動くこともせず、ガルスに起こったことを説明し始める。

「私の体は、切り裂きし鮫肌スラッシュ・スキン。触れた者を傷つける体なのだ。従来は、使わないようにしているが、戦場では常にこの状態にしている」
「なるほど……」
「あなたとは、一人の武人として、これなしで戦いたかった。なぜなら、格闘家にとって、私の体は天敵だからだ。触れなければ、相手を倒せない格闘家にとって、触れられないとは致命的だ」
「……ほう」

 シャードが何故自信を持っているか、ガルスはやっと理解した。
 つまり、格闘攻撃ができないと思って、勝ちを確信しているようだ。

「俺も舐められたものだな……」

 そのことに、ガルスは笑う。
 この程度のことで、自身に勝てると思っているシャードの浅はかさが、ガルスはおかしくて仕方なかった。

「何故笑う? あなたの勝ちはなくなったというのに……」
「勝ちがなくなるか……ならば、試してみるか?」

 ガルスは、一気に駆け出し、シャードとの距離を詰める。
 突然のことに、シャードは反応できなかったようだ。

竜人拳リザード・ナックル!」
「なっ!」

 ガルスの拳が、再びシャードを殴りつけた。
 シャードの体は、再び大きく吹き飛び、地面に叩きつけられる。
 拳から鮮血が噴き出たが、ガルスはそれを気にしない。

「まだまだいくぞ! 竜人脚リザード・レッグ!」
「ごふぁっ!」

 地面に叩きつけられ、少し浮かんだシャードの腹に、ガルスのつま先が突き刺さる。
 シャードは、地面にぶつかり、叫び声をあげた。
 足からも、血が噴き出るが、やはりガルスは気にしない。

「ふん!」
「くああっ!」

 ガルスが再び、攻撃しようとしていると、シャードが動く。
 シャードは身を翻し、水面を滑るように移動し、ガルスから距離をとったのだ。
 少し距離を開け、シャードは立ち上がった。その顔は、困惑に満ちている。

「何故攻撃できる……?」
「……勘違いしているようだが、切り裂かれるといっても、攻撃できない訳ではない」
「何……?」

 シャードの問い掛けに、ガルスは答えることにした。
 相手に、絶望を与え、戦意を削ぐためである。

「要するに、俺が死ぬ前にお前を殺せば、俺の勝ちだということだ。そんな単純なことも分からん奴が、戦場に立とうなど笑わせる……」
「くっ……」
「戦場で必ず勝てるなどと思わぬことだな。最も、お前に次はないが……」
「ぐがああああ!」

 ガルスの言葉で、シャードは駆け出した。
 その口を大きく開け、ガルスに向かって来る。
 サメの歯と顎の力は、とても強力なものだ。だが、そのいい武器も、真っ直ぐ向かって来るだけでは、なんの脅威にもならない。

「ふん!」
「がぎゃっ!」

 ガルスの拳が、シャードの顎を下から殴りつけた。
 シャードの口が勢いよく閉じられ、その衝撃で歯が飛び散る。

「上がれ!」
「ぶっ……!」

 ガルスはそのまま殴りぬき、シャードの体を上空に上げた。
 そして、自分もそれを追いかけ、飛び立つ。

「いくぞ!」
「ぐ……」

 空中で、シャードの頭を地面に向けた状態で、拘束する。
 さらに、そのままの状態で、地面へと落下していく。

竜人落としドラゴン・ドロップ!」
「ぐ……ぎゃっ!」

 頭を地面に叩きつけられ、シャードは叫びをあげる。
 ガルスは、一度シャードから距離をとった。

「まだ息があるか……しぶとい奴だ」
「ぐぐぐぐ、貴様!」

 シャードが、立ち上がりガルスは驚く。
 案外、体は丈夫なようだ。

「うん? はははは、なんだ? その体は?」

 そこで、シャードが急に笑い始める。
 それは、ガルスの体の状態を見たからのようだ。

「……この程度で、その態度か……」

 ガルスの体には、いくつもの切り傷がついており、そこから血が流れている。
 だが、この程度はガルスにとって些細なことだった。

「そんなに傷ついて、まだ余裕か? はははは、強がりを!」

 しかし、シャードはそれを見て笑う。
 その様子は、狂っているかのようだった。
 そうでもしなければ、自分を保てないのかもしれない。

「今、噛み砕いてやる……はははははは!」
「ほう?」

 シャードは、口を開け、再びガルスとの距離を詰めてきた。
 もう一度、先程の再現をしてもよかったが、今のガルスには、それよりいい手がある。

火炎の吐息ヒート・ブレス!」
「ぐああああ! 熱いいいいいい!」

 ガルスの口から、炎が放たれた。
 その熱さに、シャードは足を止め、叫びをあげる。

「お前へのダメージは、もう充分与えた。その闘気も弱まっているだろう。故に、俺はもうお前に触れる必要はなくなった」
「な、何……!?」
「闘気を飛ばしたり、火を吐いたりという攻撃は、闘気で防がれる恐れがあったからな。だから、使わなかったのだ。つまり、触れずともお前を攻撃できたということだ」
「そ、そんな……ぐがっ!」

 ガルスは、手から闘気を放ち、シャードを攻撃していく。

「ぐあ! があ! ぐっ……があっ!」

 ガルスの攻撃は、何度も行われる。
 シャードは、為す術もなくそれを受け、声をあげていた。

「ご……は……」

 やがて、シャードは声すらもあげなくなる。
 その瞬間、シャードの体がゆっくりと地面に倒れた。
 ガルスは手を止め、シャードに目を向ける。

「終わりか……」

 シャードの体が、動くことはなかった。
 ガルスはそれ以上、その体を見ず、青い球体の元へ向かう。

「ふん!」

 ガルスの一撃で、即席インスタント・水没器ウォーターが砕かれ、水の供給が止まる。
 この戦いは、ガルスの勝利で終わったのだった。

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