第62話 毒魔団参謀メデュシア

　ガルスは、メデュシアと対峙していた。
　メデュシアの目を見ると、石化してしまうため、ガルスは目を瞑っている状態だ。

「目を瞑っていたら、天下の竜魔将も大したことはない！」
「……ほう」

　メデュシアは、ゆっくりとガルスに近づく。
　すると、ガルスの体が目の前から消えた。

「はっ！？　上！？」

　ガルスは、メデュシアの攻撃に対して、飛び上がっていたのだ。

「竜人脚リザード・レッグ」
「がっ！」

　メデュシアに、ガルスの蹴りが突き刺さった。
　その体が、後方に大きく飛んでいく。

「ぐはっ！」

　メデュシアが、洞窟の壁に激突し、叫びをあげる。
　さらにメデュシアは、目を丸くしながら呟いた。

「何故……？」

　目が見えないはずのガルスが、自分を捉えられていたことを疑問に思ったようだ。

「目が見えずとも、お前の位置など手に取るようにわかる」
「な、何っ？」
「俺は、気配を感じ取れる。それによって、お前の位置もわかるのだ」
「そ、そんな……」

　ガルスは、相手の気配を感じ取ることによって、位置を把握していた。
　百戦錬磨のガルスにとって、その程度は容易であったのだ。

「な、ならば！」

　メデュシアは、その蛇の尻尾を、ガルス目がけて這わせていく。

「ほう……」

　その尻尾が、ガルスに巻き付いた。

「このまま、絞め殺してやる……」
「……この程度の攻撃……」

　ガルスは両手両足を封じられた状態で、その口を開いた。

「火炎の吐息ヒート・ブレス！」
「ぐぎゃああああ！」

　ガルスの口から、炎が放たれる。
　その炎が、メデュシアの顔面を焼いていく。
　熱さにより怯んだメデュシアの、締め付ける力が弱まる。

「ふん！」

　その隙に、ガルスは拘束から抜け出し、メデュシアの体を掴んだ。

「いくぞ！」
「ぐぬぬ！」

　ガルスは、大地を蹴り、メデュシアごと飛び上がる。
　その先にあるのは、洞窟の天井だ。

「逆ラバーサル・竜人落としドラゴン・ドロップ！」
「ぐげえっ！」

　メデュシアの頭が、天井に当たる。
　ガルスは、そこでメデュシアから体を離す。

「ぐがっ！」

　メデュシアの体は、地面に叩きつけられ、呻き声をあげる。

「あがはっ！」

　ガルスは、メデュシアにゆっくりと近づいていく。
　そして、メデュシアの体を片手で持ち上げる。

「悪いが、お前のその厄介な目は封じさせてもらう」
「なっ……がっ！」

　メデュシアの目を、ガルスの指が貫いた。
　そのことにより、ガルスを含む周囲にいる者達の目が開く。
　イルドニア王国軍の兵士達は、やっと周囲の惨状を理解する。

「これは……」
「なんという……」

　イルドニア王国の兵士の数名が、石化していた。
　さらに、周囲は魔族に囲まれているのだ。
　その状況に絶望しても無理はない。

「兵達よ！　諦めず戦え！　周りの魔族と戦うのだ！　その内、俺が加勢する！」

　そこで、イルドニア王国の者達に、ガルスの声が響いた。
　そして、敵の将であるメデュシアがどうなっているのかも気づいた。　

「そうだ！　ガルスさんがまだいるのだ！　諦めては駄目だ！」
「我々も、戦うのだ！」

　そのことで、兵士達の士気が上がる。
　それにより、イルドニア王国軍の兵士達と、毒魔団との戦いが始まった。　

「さて、そろそろ、いくぞ……」
「ごふっ……！」

　ガルスは、メデュシアの体を掴み、再び飛び上がる。

「逆ラバーサル・竜人落としドラゴン・ドロップ！」
「ぐげえっ！」

　メデュシアの頭が、洞窟の天井に激突した。
　そのあまりの衝撃に、メデュシアの蛇でできた髪が周囲に散らばる。

「まだだ！」
「げえ……！？」

　ガルスは、そのまま空中でメデュシアの体を回転させた。
　次に、その頭が向かう先は、地面だ。

「竜人落としドラゴン・ドロップ！」
「がああっ……！」

　メデュシアの頭は、大きな音とともに、地面と激突し、その髪を散らす。

「ふん！」

　そこで、ガルスは一度メデュシアから距離をとる。絶対的有利な状態であるが、ガルスの体力も、かなり削れていた。
　そのため、一度呼吸を整える必要があったのだ。

「あああ……」

　メデュシアは、ふらつきながらも態勢を立て直し、自身に起こったことを理解する。

「目が！　見えない！」

　目を押さえながら、メデュシアはそう叫んだ。
　目をつぶされたことで、立場が逆転し、視界というアドバンテージをメデュシアは失ってしまった。

　そもそも、その状態ですらガルスに敵わなかったメデュシアが、この不利状態でガルスと戦うことなど、できるはずがないのだ。

「毒魔団！　何をしている！　加勢しろ！」

　メデュシアは、周囲の毒魔団団員にそう叫ぶ。

「は、はっ！」
「おおっ！」

　メデュシアの呼びかけに応えた団員が数名、ガルスに襲い掛かってきた。
　しかし、ガルスにとって彼等は、メデュシア以上に話にならない相手である。

「ふん！」
「あがっ！？」
「ぐふっ！」

　ガルスは、飛び上がりながら、蹴りを放ち、団員達を蹴散らした。

「ぐ……」
「え……」

　蹴りを喰らった団員達は、それから動くことはない。

「あ、ああ……」
「あんなの……無理だ」

　そのことが、他の団員達に、ガルスと戦うことを恐れさせた。
　それにより、ガルスへの追撃が浴びせられることはなかったのだ。

「や、役立たずどもめ……」

　メデュシアは、周囲の声からそれを察知し、苦悶の表情を浮かべる。
　最早、メデュシアに勝ち目というものはほとんど残っていないのだった。

「さて……」
「ぐっ……」

　ガルスは、ゆっくりとメデュシアに歩み寄っていく。
　それも、かなりの闘気をまとってだ。

　その闘気は、メデュシアを逃がさないためのものである。
　目が見えないメデュシアにとって、ガルスの闘気は平時よりも恐怖的になっているのだ。

「く……！」

　メデュシアの体は、震えるだけで、その場を動こうとはしない。
　圧倒的な威圧感によって、その場に釘付けにされているのだ。

「終わらせようか……」
「ま、待って……」

　ガルスは、右手を振りかぶったが、メデュシアの言葉でそれを一時停止した。

「なんだ……？」
「私はもう抵抗できないわ。この状態で、戦いを続けるなんて、偉大なる戦士であるガルス様にとって、よろしくないでしょう」
「ほう……？」
「投降するから……許してちょうだい。罪はきちんと償ってみせるわ……」

　メデュシアの口から出たのは、命乞いの言葉である。
　己が敵わぬと自覚し、ガルスに願っているようだ。

　それが本心かどうか、ガルスにはわからない。
　だが、投降するといった以上、ガルスはそれを受け入れざるを得ないはずだ。
　そう、メデュシアは思っていたのだろう。

　しかし、ガルスにそれは通用しなかった。

「……お前は、毒を流した犯人だったな」
「え……？」
「その邪悪さは、隠せるものではない。顔を見た時にすぐにわかった」
「何を……？」
「そして、今もそれは変わらん。恐らく、命乞いの中で、俺に不意打ちしようとしているのだろう？」
「なっ……！」

　ガルスには、メデュシアの狙いなど、全てわかるのだ。ガルスは、その戦いの経験から、相手がどのような人物なのか、見抜くことができるのだ。

「ち、違うわ。そんなことは、考えていない。本当よ！　信じて！」
「……なるほど、なら引くとしようか」

　そこで、ガルスは闘気を弱め、メデュシアに背を向ける。

「今だ！」
「ふっ！」

　その瞬間、メデュシアの尾が、ガルス目がけて飛んできた。
　しかし、それをガルスは容易く躱す。

「何！？」
「……やはりか。まあ、どちらにせよ、お前の結末は変わらんな」
「がはっ！」

　ガルスの右腕が、メデュシアを貫いた。

「ふん！」
「……」

　ガルスがその手を離しても、メデュシアが動くことはなかった。