赤髪の女勇者アンナ ~実は勇者だったので、義妹とともに旅に出ます~

木山楽斗

第60話 二つの姿

 カルーナは、毒魔団副団長ピュリシスと対峙している。
 ピュリシスのことを、カルーナはハーピィだと思っていた。
 しかし、ピュリシスはセイレーンという種族だったのだ。

「一体、何が起こっているの……?」

 それだけなら、大した問題ではなかった。
 問題はそこからである。 

「ふふ、驚いているようだな……」

 ピュリシスは、半人半鳥の姿から、半人半魚の姿に変わったのだ。
 それは、まったく違う姿に体を変化させたということである。
 さらに、その変化によって、カルーナの一撃は、消え去ってしまった。

「この姿も、私の一部」

 ピュリシスは、魚の下半身で、器用に体を立たせ、口を開いている。
 カルーナは、何が起こったか、まったく理解できず、目を丸くすることしかできなかった。

「セイレーンは、空と海の両方を統べる者なのだ。ハーピィだろうと、人魚だろうと、このセイレーンに敵わない」

 ピュリシスは、両手を広げて、カルーナにそう呼びかける。
 己の力に、どれ程の自信があるというのだろうか。

「でも、姿が変わったとしても、あなたが受けたダメージは変わらない。別に、私が不利になった訳じゃない!」
「……確かに、あの一撃は強力だった。だが、一度躱せばこちらのもの」
「あなたの機動力は、半鳥時の方が、上のはず。今の方が、むしろいい的だよ!」
「この技は使いたくなかったのだがな……だが、ここで私が負ければ、お前は、ラミアナ様の元に行ってしまう。それだけは、止めなければならない!」

 カルーナが、手に魔力を集中させようとしていると、ピュリシスがゆっくりと呟いた。

混乱せし歌コンフュージョン・ソング……」
「えっ……?」

 次の瞬間、ピュリシスの口から奇妙な歌が響いてくる。
 綺麗な声であるが、何故かカルーナはそれを不快に思った。

「うわああっ!」
「ピュリシス様!? これはあああ!?」

 それは、周りの兵士や毒魔団団員も同じらしいだ。
 ピュリシスが、この技を使いたがらなかったのは、仲間も巻き込むからのようだ。

「うっ……?」

 カルーナは、思わず膝をついていた。
 とても、気分が悪かったからだ。

「があっ!」
「ぐふっ!」

 周りにいるピュリシス以外の全員が、倒れたり、ふらついたりしている。
 辺りは、まさに混乱していた。

「そうだ……! 耳を……」

 そこで、カルーナは両耳を塞ぐ。
 これがピュリシスの歌によって引き起こされているならば、聞かなければいいからだ。

「よし……」

 その試みは、半分だけ成功した。
 ピュリシスの歌が、少し聞きにくくなった結果、気分の悪さも半分になったのだ。

「だけど……」

 しかし、その状態では、カルーナも魔法を使うなどの行動を起こせなかった。
 両手を塞いでいるため、腕を構えて放つ魔法は使えない。そもそも、気分の悪さで、通常時よりも、上手く魔力が練れなかったのだ。

「くっ……どうすれば……?」

 そこでカルーナは、あることを思いついた。
 ピュリシスのこの攻撃は、歌によって起きている事情である。
 つまり、その原因は音。耳を塞ぐ意外に、それを遮る方法があるのだ。
 今現在、ここに響いているのは、ピュリシスの声のみである。ならば、それを変えればいいと、カルーナは結論付けたのだ。

「ああああああああああああああああ!」

 カルーナは、大きく叫ぶ。
 これが、今カルーナにできる最大限の抵抗であった。

「あああああああああああああああああ!」

 その咆哮で、カルーナの耳にはピュリシスの歌など、ほとんど入らなくなる。
 カルーナは、その隙に両手を前に出す。

紅蓮の不死鳥ファイア・フェニックス!」

 カルーナの手から、火の鳥が放たれる。
 火の鳥は、一直線にピュリシスの元へと向かっていく。

「む!?」

 そこで、初めて、ピュリシスはカルーナが自由になったことに気づいたようだ。
 どうやら、あの歌はかなり集中していなければ、歌えないらしい。

「く……!」

 ピュリシスに火の鳥が当たり、燃え上がる。

「ふふ! だが……無駄だ!」

 しかし、いくら燃えても、ピュリシスは平気な顔をしていた。

「セイレーンの人魚体は、水の力を持っている。火の攻撃など、通用しない!」
「いいえ、あなたはもう終わり……」
「何? ……はっ!?」

 ピュリシスは、そこで自身の体に起こる異変に気づいたようだ。

「い、息が……」
「燃え盛る炎は、あなたの周りから空気を奪っていく。そのまま、あなたは窒息する」
「くっ! 舐めるな!」

 ピュリシスがそう言うと、彼女の体が変化していく。

「まさか!」
「これこそが! セイレーンの戦い方!」

 ピュリシスの魚の下半身が、鳥へと変化し、腕は羽へと変わる。

「これで!」

 その変化に合わせて、ピュリシスは体を回転させた。

風の回転ウィンド・スピニング!」

 ピュリシスの炎が、はじけ飛んでいく。
 しかし、弾け飛んだ炎がまた鳥の形に変わる。

「だが! この炎が永遠ではないことは、先の攻防で理解した!」
「くっ!」

 先程、ピュリシスが変化してから間もなく、火の鳥は鎮火された。
 そのことで、火の鳥が永遠ではないことはばれてしまっていたのだ。

風の回転ウィンド・スピニング!」

 ピュリシスは、体を回転させて、火を払っていく。
 火の鳥が再生するが、その回転は止まらない。

「くっ……!」

 その回転によって、火の鳥は完全に崩れていってしまった。

「ふふ! これで形勢は変わらなかったな」
「くっ!」

 カルーナは、再び手に魔力を集中させていく。

「何度やっても同じこと! セイレーンの形態変化に、お前は対応できない!」

 確かに、二つの形態変化を使い分けるピュリシスを攻略するのは、かなり難しいだろう。
 しかし、カルーナは諦めるつもりなどない。

小さなリトル紅蓮の火球ファイアー・ボール!」
風の壁ウィンド・ウォール!」

 カルーナの火球に対して、ピュリシスは風の壁を展開していく。

「ふん!」

 風の壁によって、カルーナの攻撃は遮られてしまう。

小さなリトル紅蓮の火球ファイアー・ボール!」

 カルーナは、すかさずもう一度魔法を放つ。
 それに合わせて、ピュリシスは体を回転させる。

風の回転ウィンド・スピニング!」

 その回転によって、カルーナの魔法はかき消されてしまった。

「くっ! やっぱり駄目か……」

 カルーナは、必死で思考する。ピュリシスに勝つ方法を。
 カルーナとピュリシスの戦いは、続くのであった。

「赤髪の女勇者アンナ ~実は勇者だったので、義妹とともに旅に出ます~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く