赤髪の女勇者アンナ ~実は勇者だったので、義妹とともに旅に出ます~

木山楽斗

第45話 聖女の心は

 アンナとカルーナは、ティリアがいる部屋に戻って来ていた。
 中のティリアの状態は、よくわからない。自分達が入ってもいいのかどうか、少し迷ってしまっていた。

「カルーナ、どうしようか?」

 アンナはカルーナに問い掛けた。こういう時には、カルーナの方がいい答えを持っているはずだ。

「うーん、とりあえず、ノックしてみる?」
「そうだね……いや、寝てるかもしれない」

 カルーナから答えは聞けたが、アンナは別の心配が思い浮かんでしまった。

「じゃあ、普通に入る?」
「……うん、そうしよう」

 アンナはゆっくりとドアを開け、部屋に入っていった。
 ティリアはベットに腰掛けており、窓の外を見つめていた。その様子は、何かを悩んでいるように見えた。

「……ティリア? 具合はどう?」

 アンナは意を決してティリアに話しかけてみた。すると、ティリアは二人の方を見て、目を丸くした。

「お二人とも、戻って来ていたのですね。その、治療できなくてすみません。具合はどうですか?」

 ティリアは二人が部屋に来たのも、何を話したのかも認識していなかった。これはかなり普通ではない状態だと、アンナとカルーナは認識した。

「ティリア、その……」
「あ、私なら大丈夫ですよ。ちょっと落ち込んでしまいましたが、もう大丈夫です」
「ティリア!」

 ティリアの笑顔は、痛々しいものだった。
 アンナは、その態度を見ていられなかった。

「本当のことを言ってよ。そんな上辺だけの笑顔で、誤魔化しちゃだめだ……」
「アンナさん……」
「そうですよ、ティリアさん、不安があるなら打ち明けてください。その方が楽になりますよ」
「カルーナさん……」

 アンナとカルーナはティリアの側に寄り、それぞれ手を握った。
 ティリアは一度目を瞑り、ゆっくりと話し始めた。

「私……悪魔と人間の半人半魔ハーフだったんですね」
「……ああ、そうだね」
「鎧魔将ツヴァイは……私のお兄さん……」
「はい、そうです」

 二人は、ティリアが手を強く握るのを感じた。

「正直、ショックでした。だけど、何がショックなのか、よくわからないんです。悪魔の血が入っていたこと、兄が魔王軍だったこと、だからといって、自分の何かが変わる訳じゃないはずなのに……」

 ティリアの目から、一筋の涙が流れていた。

「私は、一体……何者なんでしょう……?」

 ティリアの心は不安に溢れていた。自分が何者なのかはわかった。しかし、何故か自分がわからなくなってしまっていた。まるで、今までの自分が壊れていくようだった。

「ティリア……」
「ティリアさん……」

 だが、アンナとカルーナは、その答えをすぐに出していた。

「ティリアはティリアさ……それ以外の何者でもない。悪魔の血を継いでいたって、魔王軍の兄がいったって、それは変わらない」
「そうです。私達にとって、ティリアさんは大切な仲間で友達です。それでいいんです」

 二人にとって、それは変わらないことだった。例え、誰がなんと言おうと、自分達だけはティリアの味方でいるつもりだった。

「お二人とも……」

 その言葉で、ティリアの表情は少しだけ明るくなった。二人の存在は、ティリアにとってとても頼もしく思えた。

「ありがとう……ございます」

 ティリアの目からは涙が溢れていた。
 アンナとカルーナは、両側からそっとティリアを抱きしめた。きっとティリアが、元気を取り戻すと信じて。





 三人で抱き合っていたが、しばらくしてティリアが声をあげた。

「お二人とも、もう大丈夫です」
「ティリア……!」
「ティリアさん……!」

 ティリアの声は、いつも通りに戻っていた。これで、もう落ち込み続けることはないだろう。
 アンナとカルーナは、ティリアから体を離し、その両隣に座った。

「よかったよ、ティリアが元気になって……」
「はい、ご心配をお掛けしましたね」
「いいんですよ、そんなの。ね、お姉ちゃん」
「うん、当り前さ!」

 ティリアは、笑顔になっていた。その笑顔も、痛々しいものではなくなっていた。

「そういえば、お二人の具合は大丈夫なんですか?」
「ああ、それなら、ばっちりさ」
「よかったです……だとしたら、鎧魔団との戦いも再開になるのでしょうか?」
「それが、そうはならないみたいなんです」

 アンナとカルーナは、これからの戦いのこともレミレアから聞かされていた。
 それによると、鎧魔団への攻撃はしばらく延期するようだ。

「なんでも、町の色々な場所で鎧魔団の攻撃があって、民や兵士が傷ついているみたいなんです……」
「そうだったんですか……」
「その回復を優先させるから、鎧魔団との戦いは少し待って欲しいってことらしいんだ」

 レミレアの話では、数週間くらいはかかるという話だった。
 そのため、アンナ達もその間は休息をとるように言われていた。それは、疲労はかなり溜まったアンナとカルーナにとってはありがたいことだった。

「なるほど……だったら、私も治療のお手伝いをしなければいけませんね」
「ティリア……本当に大丈夫?」
「はい、もちろんです」

 ティリアは自信を持って、そう答えていた。アンナは、こらなら大丈夫だろうと感じた。
 そこで、アンナは一つのことを思い出した。

「……そうだ。ティリアに話しておかなきゃならないことがあるんだ」
「お姉ちゃん! 大丈夫なの!?」
「話さない訳にはいかないさ」

 二人の様子に、ティリアは首を傾げた。

「一体、なんの話なんですか?」
「ティリア、心して聞いて欲しいんだ。ティリアの母親、フォステアさんの話を……」
「え!? どういうことですか?」

 アンナは、レミレアから聞いたことをティリアに話すのだった。





「そうだったのですね……」

 全てを聞き終わって、ティリアの口からはそんな言葉が漏れていた。

「ティリア……大丈夫?」
「はい、大丈夫です。確かに、ショックな話でしたが、それでも知れてよかったと思います」
「そっか……」

 ティリアは、しっかりとした口調でそう言っていた。

「私の母が……どのような人生だったか、少しだけわかりました」
「ティリア……?」

 そう言って、ティリアは立ち上がり、窓の側に寄った。

「私の顔は……ツヴァイの言う通りなら、母とそっくりなそうです」
「あっ……うん、そうみたいだね」

 ティリアは、窓に映る自分の姿を見ているようだ。正確には、母の姿なのかもしれない。

「実は……私、母のことを少し恨んでいたんです」
「えっ……?」

 ティリアはふとそんなことを呟いた。

「私を置いていってしまった母、どうして置いていってしまったのかって、ずっと心のどこかでそう思っていました」
「ティリア……」
「だけど、今はもうそんなことは思いません。私の運命は、想像するよりも、もっと過酷なものでした。きっと母がしたのは最善な手だった思います」

 静かに目を瞑りながら、ティリアはそう言い放った。

「アンナさん、カルーナさん、一つだけ頼みたいことがあるんです。きっと、難しいことだと思います」
「いいよ、ティリア」
「私とお姉ちゃんなら、大丈夫です」

 アンナとカルーナは大きく頷きながら、続きを促した。

「私を……ツヴァイの元に、連れて行って欲しいんです……」
「ツヴァイの元に……?」
「はい、私の兄と、私は話し合わなければならないと思うんです」

 アンナとカルーナは、顔を見合わせた。
 ティリアの提案は、確かに困難なものだった。しかし、自らの兄と話し合いたいという彼女の気持ちは理解できた。
 ならば、答えは一つであった。

「任せてよ!」
「絶対に連れて行きます!」

 二人は、ティリアの提案を了承するのだった。

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