赤髪の女勇者アンナ ~実は勇者だったので、義妹とともに旅に出ます~

木山楽斗

第33話 国境を越えて

 狼魔将ウォーレンスは、魔王の元を訪れていた。
 今回は、自らの意思で来た訳ではなく、魔王から直々に呼び出されたのである。

「ウォーレンスよ……何故、貴様が呼び出されたかわかるか?」
「い、いえ……」
「ほう……?」

 ウォーレンスは戸惑っていた。自分が、竜魔将ガルスの元に行ったことは、操魔将オーデットしか知らないことだ。それを魔王が知っているというのは、どういうことなのだろうか。

「オーデット」
「はっ!」

 ウォーレンスが困惑していると、魔王がオーデットに話を振った。
 オーデットが右手を掲げると、空中にあるものが映し出された。そこには、ウォーレンスがガルスにしたことが、鮮明に記録されていた。

「オーデット……! 何故……!?」
「ウォーレンス、何か言いたいことはあるか……?」
「ち、違うんです! 魔王様!」

 オーデットの突然の裏切りに、ウォーレンスはさらに困惑した。そして、自分のしたことを見せられたため、下手な言い訳ができない。

「お、俺は、オーデットに唆されたんです! そいつから渡された魔法の筒マジック・ポットを使っただけなんです!」
「……ほう?」

 ウォーレンスは、自らの保身のために、オーデットを裏切ることにした。向こうも裏切ったのだから、当然のことだと思っていた。

「オーデットよ。それは本当か……?」
「……確かに、私はウォーレンスに魔法の筒マジック・ポットを渡しました」
「それは、自らの非を認めるということか?」
「ですが、ガルスを嵌めろなどと言った覚えはありません。勇者を討伐したいという意思を汲んで、渡したに過ぎません……」

 魔王からの質問に、オーデットは何も焦らず、淡々と答えていた。
 ウォーレンスは、当然激怒した。自分を嵌めておいて助かろうとしているオーデットを、許せる訳がなかった。

「オーデット! てめえ! よくも抜け抜けと!」
「ウォーレンス、吠えるだけでは何もできんぞ……」
「なんだと!」
「……もういいぞ、黙れ……」
「ほう?」
「なっ!?」

 ウォーレンスが、オーデットに食ってかかっていると、今まで沈黙していた影魔将シャドーが声を発した。

「シャドー、何を……」
「ウォーレンス、この件にオーデットが関わっていようとなかろうと、お前がした罪が消える訳ではない……」
「そ、それは……」
「確固たる証拠が残っている以上、お前を許すことなどできるはずもない……」

 シャドーの言葉には、怒りのような感情が籠っていた。その言葉に、ウォーレンスは、思わず震えるのだった。

「ふふ、シャドーよ。貴様が、そこまで怒りを見せるとは珍しい。そうだな、ウォーレンスの処遇は貴様に任せてやろう」
「ま、魔王様!? 何を……!?」

 魔王の言葉に、ウォーレンスは目を丸くした。怒っているシャドーが、自分を裁くとなると、大きな罰は免れない。

「……ウォーレンス、お前の処遇を言い渡す」
「シャ、シャドー……!?」
「お前の罪は、許されないものだ……だが、魔王軍は現在、二人の魔将を失っている。これ以上の損失は、看過できん」
「それは、どういう……?」
「お前の役目を果たせ……アストリオン王国を必ずや落とすのだ。最早、なんの反論も許さん。ただ、それだけだ……」
「あ、ああ……」

 シャドーの放った言葉は、寛大な処置であった。ウォーレンスは、ゆっくりと頷き、大きく頭を下げるのだった。





 アンナとカルーナ、ティリアの三人は、カルモの村を出発することになった。ティリアの出発に、村の人々は少し驚いていたが、すぐに理解を示してくれた。どうやら、村の人々も、ティリアの事情を知っていたらしい。

「じゃあ、出発しよう。カルーナ、指示をよろしく」
「うん、任せて」

 御者席には、アンナとカルーナが座り、馬車の中にはティリアがいた。前と同じく、馬の制御はアンナ、道案内はカルーナという風な役割に落ち着いた。

「マルカブ、シェアト、行くよ!」
「ブルル!」
「ヒヒーン!」

 アンナの合図で、二頭の馬が引く馬車は動き出した。

「さてと、エスラティオ王国に行くには、国境を越えなければならないんだよね?」
「うん、そうは言っても、私達は勇者一行だから、簡単に関所も簡単に通れるよ」
「それなら、よかった」
「あの、いいですか?」
「うん?」
「えっ?」

 二人がそんな話をしていると、後ろから声が聞こえた。ティリアの声だった。カルーナが後ろを向くと、馬車の前面の窓が開いており、そこからティリアが顔を覗かせていた。

「ティリアさん? どうしたんですか?」
「あ、いえ、関所についてお話していたので、ちょっと気になることがあって……」
「気になることって、どうしたんですか?」
「その、関所って簡単には越えられないんですか?」
「はい、普通は手続きとか色々ありますから……かなり面倒だったと思います」

 そこで、ティリアは首を傾げた。

「どうかしたんですか?」
「もし、国境を越える手続きが厳しいのなら、私の母は、どうやって国境を越えたのか、少し気になったんです。どうやら、母は村に私を預けた後、エスラティオ王国に戻ったらしいんです」
「それは……」

 カルーナの中に、ある一つの疑念が過った。手続きなしで国を超えることは不可能ではない。だがその場合、どの手段を取っても密入国ということになる。
 そのことは、ティリアも察しているように見えた。そのためか、重い空気になってしまった。カルーナは、これ以上振り下げるのはよくないと思い、話の流れを変えることにした。

「あ、お姉ちゃん」
「うん、何?」
「そういえば、エスラティオ王国で、勇者の力の手がかりを探すって話だったけど、もうその必要はないんじゃない?」
「え? どうして?」
「だって、ガルスさんとの戦いで、聖なる光の使い方はマスターできてみたいだし……」
「ああ、どうなんだろう? さらなる力ってあるのかな?」
「うーん、あったらいいとは思うけど……」

 そんな会話をしながら、三人はエスラティオ王国に向かうのだった。





 鎧魔団副団長であるプラチナスは、リビングアーマーという魔族であった。リビングアーマーとは、鎧に霊体が入ったものであり、その鎧の中には誰も入っていない。
 プラチナスは、白金の鎧のリビングアーマーである。彼は現在、鎧魔団の団長の元へ向かっていた。

「ツヴァイ様、よろしいでしょうか?」
「プラチナスか……入れ」

 プラチナスは、扉を開け、部屋の中に入り跪いた。目の前には、漆黒の鎧、鎧魔将ツヴァイがいた。

「何かあったのか?」
「はっ! 先程、影魔将様から通達がありました」
「ほう? 珍しいこともあるものだな。それで、用件は?」
「はい、どうやら、勇者がエスラティオ王国へと向かってきているとのことです」
「……竜魔将はどうなった?」

 プラチナスの言葉を遮るように、ツヴァイは言葉を発した。竜魔将が勇者討伐に向かったことは、魔王軍周知の事実であった。

「……亡くなられたそうです」
「馬鹿な! 魔将の中でも、戦闘技術随一とされている竜魔将が、旅を始めたばかりの小娘に、負けたというのか……?」
「それがどうやら、狼魔将様が一枚絡んだようです」
「……あの保身しか能のない男か。ならば、竜魔将が哀れで仕方ない……」

 ツヴァイは、その名前を聞いただけで、全てを察した。

「まあ、いい……勇者がこちらに来るというなら返り討ちにするまでだ。プラチナス、お前は、今まで通り侵攻を続けよ」
「はっ!」
「勇者が、どれ程の力を持っているかは知らんが、この鎧魔将の敵ではない」

 ツヴァイは、まだ見ぬ勇者に対して、考えを巡らせるのだった。

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