赤髪の女勇者アンナ ~実は勇者だったので、義妹とともに旅に出ます~

木山楽斗

第25話 波乱の予感

「んっ……!」

 窓から光が差し、朝が来たことをアンナは理解した。
 隣では、カルーナが寝息を立てている。
 カルモの村に着くまで、右手の使えないアンナを色々とサポートしていたので、かなり疲れが溜まっていたのだろう。
 そして、昨日、やっとアンナの手が治って、安心した結果、疲れが一気に襲ってきたといった感じだろう。
 そう思ったアンナは、カルーナを起こさないように、ベットから抜け出すことにした。

「あれ?」

 しかし、その目論見は失敗した。
 服の一部をカルーナが掴んでいたからだ。

「しょうがないか……」

 離してくれなさそうだったので、アンナはもうひと眠りすることにする。





 アンナとカルーナは、すぐに村を出発しなかった。
 アンナの右手の最終確認を行うためである。
 人のいない場所で、聖剣を振るい、戦いの勘を取り戻しておきたかった。
 この村から出ると、次はエスラティオ王国に入ることになるだろう。
 その前に感覚を確かめておきたかった。

「あれ、お姉ちゃん、あれって……」
「ああ、本当だ……」

 そう思いながら、二人が村を歩いていると、道端でティリアと少年がいるのを見つけた。

「うえーん」
「泣かないでください。今、治してあげますからね」

 どうやら、道で転んだ少年をティリアが治療しているようだ。
 ティリアは、少年に回復魔法をかけて治療していた。

「わあ、ありがとう。聖女様」
「……いえいえ、気を付けくださいね」

 治療が終わると、少年は元気に駆けて行った。
 佇むティリアの視線が、アンナとカルーナに向いた。

「あ、こんにちは……アンナさん、カルーナさん」
「こ、こんにちは。ティリアさん」
「こんにちは、ティリアさん」

 三人で駆けて行く男の子を見つめながら、話を続ける。
 アンナは、ティリアに疑問を投げかけた。

「ティリアさん、いつもこうやって町の人を助けてるんですか?」
「ええ、怪我している人がいたら、なるべく助けるようにはしています」
「なるほど、それは、立派なんですね」
「いえ、そんな……」

 アンナが褒めると、ティリアは顔を赤くしながら照れた。
 しかし、すぐに顔を真剣に戻し、アンナの言葉に返した。

「それに、アンナさんの方がすごいです」
「えっ……」
「私に助けを求めて、この村に来るのは、魔王軍に傷つけられた人々ばかりなんです」
「そうだったんですか……」
「私には、傷つけられた人を治すだけしかできません。ですが、アンナさん達は、その原因を止めることができます。それは、私にはできないことです」
「ティリアさん……」

 ティリアの表情は、悲しいような悔しいような表情でそう言い放っていた。
 アンナは、なんと声をかけていいのかがわからなかった。

「あ、すみません。なんだか、変なことを言ってしまいました」
「あ、いえ……」
「それでは、私は失礼しますね……えっ!」
「これは!?」
「お姉ちゃん! 何か聞こえる!」

 ティリアが、それだけ言ってその場を去ろうとしてたが、何かが聞こえた。
 そして、三人はそれが悲鳴であることに、すぐに気づいた。

「お姉ちゃん、行こう!」
「うん!」
「私も行きます!」

 三人は、すぐに駆けだした。





 三人が、悲鳴が聞こえた方に行くと、そこにはある光景が広がっていった。

「魔族!」

 アンナは、思わず叫んだ。そこには、魔族がいたのだ。

「なんだあ? あいつは……」
「おい、あれって、もしかして……」
「まさか! 勇者なのか!?」

 そこには、二体のオーガと一体の悪魔がいた。
 体は所々傷ついており、さらには汚れている。その風貌から、恐らくは、逃げた剛魔団の残党であろう。
 悪魔とは、薄い紫色の肌に、白い髪、頭には角、背中には漆黒の翼、細長い尻尾も生えている。
 悪魔は、魔力の高い種族であり、魔法攻撃を得意としている。

「お姉ちゃん、あれって!」
「あっ……」
「誰か、助け……」
「黙りやがれ、このガキが……」

 アンナとカルーナは、悪魔がその手で子供を押さえつけているのに気がついた。
 その子は、先程ティリアに治療を受けていた子らしかった。
 魔族達は、人質を取っていることからか、アンナを勇者と認識しても口の端を歪めていた。

「勇者なら、好都合だ。どうせ、手出しはできやしないぜ」
「ううっ……」

 悪魔が得意気にそう言うと、オーガ達もそれに続くように、言葉を発した。

「そうだなあ、その前にあそこを見ろよ……」
「ああ、この村の噂は、本当だったんだなあ……」

 オーガ達の目線の先には、ティリアがいた。
 どうやら、この魔族達は、どこかから聖女の噂を聞きつけ、ここに来たらしい。
 その傷だらけの体を、治療しようとしているのだろう。
 オーガ達は、さらに言葉を続けた。

「おい、聖女様よお! こいつの命が惜しければ、俺達を治療してもらおうかあ!」
「ついでに、勇者も来い! お前の首をとったら、俺達は大出世だぜ!」
「くっ……!」
「お姉ちゃん……」

 アンナとカルーナに、一瞬の迷いが生じる。
 あんな屑どもにいいようにされるのは、とても腹立たしかった。
 しかし、現状は、この要求に従うしかないのだった。

「お待ちください!」

 そこで、ティリアの声が響いた。

「なんだあ、聖女様」
「まずは、あなた達の傷を治療します。話は、それからでいいでしょう」
「あん、俺達に従わないのかあ!?」
「その体の傷では、満足に動けなかったでしょう? まず、皆さまの傷を治しましょう」
「なんだと……」
「へ! まあ、いいじゃないか。どの道、俺等の現状は変わらないんだからよお」

 オーガの一人がそう言ったことで、魔族達はティリアが近づくことを許したようだった。
 そのため、ティリアがゆっくりと近づいていく。

「ティリアさん……」

 すれ違い様に、アンナはティリアに声をかけた。
 すると、ティリアは小さな声で呟いた。

「任せてください……」
「えっ……」

 ティリアの目には、何か決意のようなものが宿っていた。

「お姉ちゃん……構えておこう」
「……うん」

 その様子に何かを感じたアンナとカルーナは、構えながら現状を見守ることにした。
 ティリアにはきっと、何か作戦があるのだろう。
 ティリアは、オーガの一人に近づくと手を構えた。

回復呪文ヒール!」
「おお、傷が治っていくぜ」

 オーガの一人は、体を動かしながそれを喜んでいた。
 ティリアは、さらにもう一人のオーガに回復魔法をかける。

回復呪文ヒール!」
「へへへ、ありがとよ……聖女様」

 続いてティリアは、子供を押さえている悪魔に近づいた。

「さあ、あなたも……」
「聖女様……助け……」
「は! さっさとしな……」
「はい……」

 ティリアは、悪魔に向かって掌を向けた。
 そして、魔法を口にした。

麻痺呪文パラライズ!」
「なっ……」

 その瞬間、ティリアの手から電撃が放たれた。
 電撃は、悪魔の顔面に当たり、その体を痺れさせた。
 悪魔は、その痺れによって、子供から手を離していた。子供の体をティリアは優しく受け止めた。

「てめえ、何してる!」
「ふざけやがって!」

 オーガ二体が、ティリアの行動に怒ったようで声を荒げた。
 このままでは、ティリアが襲われてしまうかもしれないが、ここでアンナ達の出番だ。

「はああああ!」
「ぐあああああああ!」

 アンナは大きく剣を振るい、オーガ一体を貫いた。
 さらに、そこから剣を抜き、もう一体も切り裂いた。
 突然のことに驚いたオーガ達は、対処もできず、無残にもその体から血が噴き出した。

「はあああああ!」
「ぬわああああ!」

 カルーナは、悪魔を相手取るために、オーガはアンナに任せて前に出ていた。
 しかし、悪魔は、カルーナの方に目を向けて、にやりと笑っていた。

氷の球アイス・ボール
「はっ……!」

 その瞬間、カルーナの目に入ったのは、ティリアと子供に向かって、悪魔が攻撃魔法を使っている光景だった。
 自分への攻撃への対処ばかり考えていたカルーナにとって、その攻撃は予想外のものだった。

「くっ……」

 一瞬の判断で、カルーナはティリア達を庇うように前に出た。
 それは悪魔の狙い通りであり、カルーナの体に氷の球体が直撃する。
 カルーナの体はバランスを崩し、その場に倒れ込んだ。

「カルーナさん!」
「よくも逆らってくれたなあ!」
「聖女様! あっ!」」

 カルーナを心配するティリアに、悪魔の手がかかる。
 悪魔は、ティリアを突き飛ばすと、子供を掴み、その首に腕を回しその動きを封じた。
 ティリアは、その際に弾き飛ばされて、地面に倒れた。

「へへへ、これでまた人質だなあ……」
「うぐっ……」

 悪魔は、アンナの方に目を向けた。

「勇者……動くなよ!」
「……そっちこそ、その手を離せ」
「な、何!? ガキが見えねえのか……うん?」 

 アンナは、それでも剣を構えていた。
 悪魔は少々それに怯んでいたが、あることに気がついた。

「なんだ……?」

 それには、アンナも気がついていた。自分の後ろから、誰かが歩いてくることを。
 アンナがゆっくりと後ろの様子を見ると、そこにはある人物がいた。

「誰だ!」
「あ、あなたは……」

 アンナと悪魔は、同時に声をあげた。
 それは、アンナにとっては知らない者で、悪魔にとってはよく知る人物だった。

「誰か……普段なら傭兵とでも答えるが、今はこう答えるのが正解か」

 その男は魔族であり、リザードマン。

「我が名は、竜魔将ガルス」

 魔王軍幹部が、そこに立っていた。

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