赤髪の女勇者アンナ ~実は勇者だったので、義妹とともに旅に出ます~

木山楽斗

第1話 赤髪のアンナ

「お母さん……」

 部屋の片隅で、アンナは泣き崩れていた。

「どうしたの?」

 そんなアンナに、自分よりも年下の小さな女の子が話しかけてきた。

「……お母さんが、死んじゃったの」
「死んじゃう?」
「……いなくなったってこと」

 それを聞いて、小さな女の子は、アンナの隣に座った。

「な、何?」
「だったら、私が一緒にいてあげるよ。それなら、寂しくないでしょ」

 女の子は、無邪気に笑って、そう言った。
 その言葉は、今のアンナにとって、嬉しいものだった。

「一緒にいてくれる?」
「うん、ずっと一緒だよ」
「ありがとう、優しいね」
「うん、よしよし」

 女の子のその言葉で、アンナはいくらか救われた気がした。





 世の中は、理不尽に溢れていると、アンナは思っていた。
 母が亡くなってから、アンナは叔母であるソテアの元で暮らしていた。
 ソテアは、厳しい人物ではあるが、言っていること自体は正しいので、アンナは反論できないでいた。
 百歩譲って、そこまではアンナも我慢できた。
 だが、一つだけ理解できないことがあった。

「どうして、町に出たらだめなの?」
「アンナ、あんたみたいなのは、町に行っても恥をかくだけなのさ」
「叔母さん、いっつも一般常識だって、色々教えてくるじゃない。それで何で、恥をかくの?」
「うるさいわね。だめなものはだめなんだよ」
「うーん」

 この家は、町から遠く離れた場所にあり、周りは森に囲まれていた。
 アンナは今年で、十六歳になるのだが、叔母は、アンナを町に出かけさせてくれないのだ。
 アンナが町に行けるのは、叔母が同伴している時だけだった。

「まったく、どういうつもりなんだろ……」

 自室に戻ったアンナは、独り言を呟いていた。
 アンナは、本棚から一冊の本を取り出し、読み始めた。
 外に出れないアンナにとって、叔父のグラインが買ってきてくれる本は、唯一といってもいい娯楽であった。

「人間と魔族の戦争か……」

 本には、世界の歴史が書いてあった。
 長い年月、人間と魔族は争ってきた。その原因が何かはわからない。その戦いは、今でも続いているらしい。

「そんなの実感ないんだよね」

 アンナの暮らしているこの家は、人里離れていることもあって、魔族との戦いを認識することはなかった。

「魔族って、どんなの何だろう?」

 魔族には、悪魔に、ハーピィ、リザードマンと色々な種族があるらしい。アンナは、一人も見たことがないため、気になっていた。
 アンナが物思いにふけっていると、部屋の戸が叩かれる音がした。

「叔母さんかな?」

 そう思いながら、戸を開けたが、答えは違った。

「ふん、相変わらずみたいね」
「はあ、カルーナか、何の用?」

 戸を叩いたのは、叔母さんの娘で、アンナの従妹にあたる、カルーナであった。
 カルーナは、小さい頃は、アンナに良く懐き、いつも後ろをついてきていたのだが、最近は、アンナに冷たく、嫌味のようなことばかり言ってきていた。
 そのため、その長い金髪を見るだけで、アンナは嫌気が差すのだった。 

「私、今日、町に行くのよ」
「……また、私に、自慢でもしに来たの?」

 カルーナの言葉に、アンナは機嫌が悪くなった。
 カルーナは、いつも町に行く時に、アンナに話に来るのだ。アンナが町に行ってはならないことを、カルーナはもちろん知っているため、鬱陶しいことこの上なかった。

「ふふ……」
「もういいよ、聞き飽きたし、勝手に行ったらいいじゃんか」
「違うよ、今日は」

 カルーナは、不敵に笑い、アンナに語りかけてきた。

「あんたも一緒に来ない?」
「え?」
「今日は、馬車が来るんだけど、それに一緒に乗らないかって、言ってるの」
「何それ? どういう風の吹きまわしなのさ?」
「ふん、町に出れないあんたが、哀れでしかたなかったから、恵んであげてるのよ。それに、最近お母さんに嫌なこと言われたから、その復讐も兼ねてね」
「ふうん、まあ、町に出れるのは悪くないな……」

 カルーナの態度にはイラついたが、アンナは誘いに乗ることにした。
 カルーナと同じ馬車の中というのは、嫌だったが、それ以外はデメリットがないように感じた。

「じゃあ、さっさと行きましょ。お母さんに見つかると厄介だもの」
「そうだね。そこだけは、完全に同意できるや」

 二人は、ソテアに見つからないように、静かに外に出るのだった。





「おや、そちらの赤髪のお嬢さんは?」
「あ、えっと、アンナです」
「私の姉のような何かです」

 何かとは、なんだとアンナは思ったが、カルーナの態度はいつもこんななので、一々言わないことにしていた。

「はあ、まあ別に一人も二人も変わらないからいいけどさ」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございます。御者さん」
「じゃあ、乗ってくれよ」

 御者に促され、二人は、馬車の中に入った。
 隣に座るのもなんだったので、二人は、向かい合って座ることになった。

「ふふ、町に出られるのが、そんなに嬉しいの?」
「えっ? 何が?」
「顔がとても嬉しそうで、可笑しくってしょうがないもの」
「悪かったね。一々、うっさいなあ」

 馬車に揺られながら、ずっとこの嫌味を聞かなければならないのは、アンナにとって苦痛だった。
 なので、一般的な質問で、なんとか誤魔化そうと、アンナは思ったのだった。

「そういえば、町に何しに行くの?」
「うん? ああ、別に、買い物とかそういうのだけど」

 質問をしたアンナにとって、その答えはイラつくものだった。
 自分が気軽に行けない場所へ、このいけ好かない金髪は、理由もなく行ける。そう思うと、無性に腹が立ってきた。
 だが、同時に悲しくもなってきた。自分が本当に惨めに思えた。

「そんなこと聞いて、何がしたいか知らないけど、町に出たら、別行動だからね」
「こっちだってそのつもりさ」
「……っ」

 カルーナは、苦虫を噛み潰したような表情をした。カルーナは、時々、アンナの言葉で顔を歪めるのだが、その意図はアンナにはよくわからなかった。

「まあ、いいけど」

 それから、カルーナは、話しかけてこなかった。アンナとしては、それでよかったが、馬車の中の空気は嫌な感じだった。





「うわあ、ここが町の中心部か……」
「みっともないわね、田舎者じゃないんだから」
「いいだろ、別に、田舎者みたいなもんなんだから」
「まあ、それもそうね」

 珍しく、カルーナと意見が合ったところで、アンナは別行動しようと思った。しかし、カルーナからは意外な一言が飛び出した。

「それじゃあ、行くわよ」
「へ? 別行動するんじゃなかったの?」
「連れて来てやったんだから、荷物持ちくらいしなさいよ」
「はあ?」

 アンナは、カルーナの言動にイラついていた。結局、アンナを自由にするつもりはなかったらしい。これも嫌がらせの一種なのだろうか。

「これは、善意で言ってあげてるのよ。あんた一人じゃ、迷子になって帰れないのが落ちだわ」
「うっ……」

 カルーナの言葉は、最もだったため、アンナは言い返せなくなった。

「今日は、私の買い物を見て、覚えて帰って、また来た時に、自由に行動すればいいじゃない」
「わかったよ。それでいい」

 アンナにとっては、そのまたがいつになるのかわからないが、今は従うしかなかった。

「それで、まずどこに行くのさ?」
「服屋さんからね。新しい服が欲しいもの」
「服ね。そんなの気にしたことないや」

 アンナにとって、服とは動きやすければなんでもいいくらいのものだった。

「年頃の娘のくせに、オシャレに無頓着とは、貧しい人生ね」

 また、余計なことを言われたため、アンナはイラついた。

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