捨てられた令嬢~呪われた皇太子~

ノベルバユーザー417511

第一話

 夜も深まる中、一台の荷馬車が、鬱蒼とした森の中を走り続ける。誰もいない、真っ暗な森は、恐ろしい程静かで全てを飲み込んでしまうようだ。


荷馬車は少しずつ、速度を落として森の奥深くで止まった。そして、ドサッと何かを落として、また走り出す。月は真上に上がり、落としたそれを照らし出す。


「うっ....」
サラは、痛みに顔を歪めながら、目を覚ます。
「さ、寒い....」
ボロボロになった、薄いワンピースでは
寒さが身に染みる。


サラは、ふらつく体で立ち上がるともう、心が痛いのか、体が痛いのか自分でもよく分からなかった。あてもなく、ただ森の中をさ迷う。
月は雲に隠れ、光は閉ざされる。


裸足の足からは、血が滲み出してきている。
その血を見て、ようやく、痛みが体に伝り、
「痛っ.....」
と、その場にうずくまる。
その時茂みから、ガサッと音がして光る目が浮かび上がり獣が、じっとこちらを見ている。


びくっと驚いたが、別に怖くなんて無かった。
ここで、死んでも、どうでも良かったから。


サラは、膝を抱え、顔を埋める。しかし、いくら待っても、獣は襲って来ない。
「こんな、ギスギスした体なんて餌にもならないか....」
可笑しくなってきて、笑いが込み上げる。
「ふふふふふ.....」
こんな時でも、まだ笑える自分に驚いていると
大きな真っ白な犬がサラに近付いてきた。あまりの見事な毛並みに、見いっていると
くぅ~ん。と甘えた鳴き声を出してきた。




「お前も一人で、淋しいの?」
犬は、サラの言葉を理解してるかのように
「わんっ」と小さく鳴いて、ペロペロとサラの足から出てる血を舐める。
「くすぐったいよ....」
犬を抱きしめると、その温かさに
「あったかい....」と涙が溢れる。


犬は、サラの頬から流れる涙を舐める。
「慰めて、くれてるの?」
「わんっ!」
「私は、サラ。お前に名前をあげるね。
ヒューっていうのは、どう?
私が大好きだった絵本に出てくる王子様の名前なんだよ」
「わんっ!」
嬉しそうにしっぽを振る。気に入ってくれたみたいだ。


犬の温かさから、疲れからか、直ぐに
「ヒュー、眠たくなってきちゃった.....」
サラは、ヒューを抱いたまま木葉の上に、うずくまるように眠りに落ちた。


闇が抜け、空がうっすらと、しろみ始める。


「わんっ!わんっ!」
ヒューが鳴いているが、サラは目覚めない。


遠くの方から、犬の鳴き声がする方へ一組の男女が近付いて来る。


「誰かいるのかい?」
「野犬じゃないのか?」
近付いて行くと、誰か人が横たわっているの
が見える。二人は目を凝らしながら見ると、
「あんたっ、大変だよ。
女の子が倒れてるじゃないかい」
「本当だ。こりゃ、大変だ」


二人の夫婦は、サラの元まで近寄ると体を揺すりながら
「大丈夫かい?生きてるかい?」
と心配そうに顔を除き込む。


サラは、目が覚め、何が起こっているか分からず、震えながら身を固くする。


その女性は、サラの怯えようとボロボロのワンピースから、何かよからぬ事があったに違いないと思い、自分の巻いていた、ストールをサラに巻く。
「怖がらなくて、いいんだよ。こんな所で
寒かっただろうに....名前言えるかい?」
「サ、サ、サ、ラ....」
「サラっていうのかい?」
サラはコクンと頷く。
「私はステラ。こっちは、ロビン」
二人を見上げると、生きていれば、父と母と同じくらいの年だろうか。かっぷくの良い優しそうな女性と、背の大きな男性がニカッとサラを見て笑った。


「森を抜けた街に、私達の家があるけど一緒に来るかい?狭いとこだけど、ここよりましさ」
サラはどうしていいか分からず、黙っていると、ヒューが「わんっ!」と返事をする。


「あはは。頭のいい子だね。サラの犬かい?」
コクン。と頷く。
「ヒュー......」
「ヒューだね。ヒューも来るかい?」
「わんっ!」
ヒューは、サラとステラの周りを、しっぽを振りながらクルクルと周り始める。
「ヒューは、賛成みたいだよ?どうするサラ?」
ヒューの様子を見てると、サラも安心したようで、黙って頷く。
「よしっ。決まりだ。ロビン、サラを背負っておくれ」
「任せておけ」
年の割に、力がある、ロビンはサラを軽くおぶると、
「軽いな....」と言いながら、来た道を戻って行く。


森の中腹に、ステラとロビンの荷馬車が停めてあり
「狭いけど、我慢しておくれ」
と荷台にサラを座らせる。ヒューもピョンっと
荷台に飛び乗り、サラの横に座る。


「出発するよ。揺れるからね。しっかり捕まってるんだよ」
サラはぎゅっと、ヒューを抱きしめる。
ヒューは、大丈夫だよ。と言わんばかりの瞳でサラを見上げる。


サラを乗せた荷馬車は森を抜け、街へと到着した。一件のパン屋の前で、荷馬車は止まる。
「サラ、着いたよ。一人で降りれるかい?」
力を入れようとするが立ち上がる事が出来ない。
「ロビン、サラを部屋まで運んでおくれ」
「あいよっ」
ロビンはサラを抱き上げると部屋へ運ぶ。


中を見渡すと、女の子が好みそうな可愛らしい部屋に、掃除も行き届いている。誰かの部屋なのか?と思っていると、ステラが入って来て
「ここはね、私の娘の部屋さ。もう何年も前に
死んじまったんだけどね....生きていれば
サラと同じくらいかね.....」
ステラの娘は10年以上も前に病気で亡くなっているが、毎日のように掃除をして誕生日の日にはワンピースを作っていた。


サラは悲しそうな表情をする。
「なんて、顔してんだい。サラは優しい子だね...そろそろ湯も沸いたから、ご飯の前に風呂に入るよ。歩けるかい?」コクンと頷く。


風呂場に行くと
「さあ、お入り。洗ってあげるからね」
サラがワンピースを脱ぐと、ステラの動きが止まる。
「サラ....」
痩せっぽっちのギスギスした体はあばらが浮き出ていて、体中には殴られた痣だらけだった。
「なんて、酷い事する奴がいるもんだ......」
サラに聞こえないように、呟く。


ステラは、鳥の巣のようになっている髪を優しくとき、真っ黒にこびりついてる体の垢を落としていく。
「サラ、家の娘になるかい?これも神様の
お導きだと思うんだよ....」
ステラはサラを優しく抱きしめる。


何年ぶりだろうか?人から優しく抱きしめられるのは.....お母さんがいたらこんな感じなのかな。とっても、温ったかい.....


サラは目に涙をためる。
「もう何も、我慢しなくていいんだよ....」
ステラはサラの頭を優しく撫でる。
「うっ、うっ....」
サラは涙を止める事が出来ず、声を出して泣く。


沢山泣いたら、だんだんと落ち着いて来て
「これに、お着替え。きっと、サイズも
ピッタリだよ」
ステラが娘の為に作っていたワンピースを用意している。それに着替えると、
「まぁ、なんて可愛らしいんだいっ」
ボロボロだった、サラはステラに綺麗にされて、見違えるように変わった。


マロン色の長い髪には艶が戻り、肌も透き通るように白い。ぷっくりとした唇は赤みが戻り、体に痣は残っているが、顔には傷一つ無く、パッチリとした深いグリーンの瞳は、天使のようだった。


サラは、
「あ、あ、あ、ありがとう.....」
「どういたしまして。無理に喋らなくてもいいんだよ。ゆっくりでいいからね。お腹も減っただろう。さっ、ご飯にしようね」
ステラはサラの手を引いて、部屋へ戻る。


「こりゃ、見違えたな.....」
ロビンが驚いている。
「可愛いだろう?」
ステラが、自分の事のように自慢する。
ヒューもわんっと鳴き、しっぽを、パタパタと振り喜んでいるようだ。


「さあ、お食べ」
サラの前には、温かいスープとパンが出される。
「うちはね、パン屋なんだよ。だから気にせず
沢山おあがり」
サラはパンとスープをゆっくりと綺麗に食べる。


サラの食べる姿を見てステラはどこかの令嬢に違いない。だけど、こんな酷い事する奴の元に返す訳にはいかない。なんとしても、サラを守らなくては。と固く誓うステラだった。

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