自称前世の夫が急に現れて求婚してくるのでどうにかしてください
16:簪
この広大な敷地でそう簡単に見つかるだろうか、と思っていたけれど。
「こんな、あっさりと見つかるなんてね」
そう、帰ってからこれまたとても美味しい夕食をいただき、少し屋敷の周りを散策してみようと歩き出すと、その蔵はすぐに目の前に現れた。
簡単に出現しすぎて拍子抜けである。
「こんなところに蔵なんてあったっけ?」
そう首を傾げながらも、扉に手をかけると、鍵はかかっていないようでいとも簡単に中へと入れてしまった。
普段使わないものとかがしまってあるだけで、あとは虎の昔のアルバムとか出てきちゃったりするのかしら〜なんて軽く思っていた自分はどれほど愚かだったのだろうかと、一歩足を踏み入れた瞬間に気付かされる。
これは……本当に入ってよかったのだろか。
そこには、本当に私が見てもいいのだろうかと言うような、古い書物や骨董品(に見える)やらが並んでいた。
よく考えれば、これだけ大きな屋敷なのだ。
伝統ある家にも思えるし(会社も経営しているんだったそういえば)、無暗に触って壊したりしてしまっては弁償なんてできるわけがない。
そもそも蔵だよ、倉庫っていうか蔵と呼ぶ時点でなんだか歴史的なものを感じる。
つまり高そうだ。
出よう。
そう思った時、壁に貼られた古びた大きな紙が目に入る。
「……お経?いや、呪文?」
怪しいマークと、漢字の羅列。
全然よくわからないけど、何かこの世ではない場所と繋がれそうな、禍々しい雰囲気を醸し出している。
無理だ。ホラーはダメだ。受け付けない。
やっぱりここには来ない方が良かったのだ。
そう思い踵を返したところで、どこからともなく声が聞こえた。
『……お願い…』
………うそでしょ?
こんな蔵で声が聞こえるとか、どうしよう、どうしようほらもう完全にホラーな展開を脳が一生懸命引き出し開けて準備している、やめて、ごめんなさい、すぐにここから出ますから…!
怖い…!!と震えるも、声は一瞬だけですぐにあたりは静けさを取り戻した。
それもそれで怖いのでとにかくこんなところは早く出るに限る。
「聞き間違い、そうよ、聞き間違いに決まってる」
怖いと思っているからあんな声が聞こえたのだ。
さぁ、出よう。
と、何度目かの持ち直しで扉へと向かった道で、急に何かに引きつけられるかのように視線が止まった。
「…………?」
それは随分と年季の入った箱だった。
埃は被っているが、装飾の施された贈り物のような箱。
何故だかとても気になって、さっきまで何にも触らないようになどと思っていたのに、構わず箱を手に取ってしまう。
「……これ…」
この感覚はなんだろう。
とても見覚えのあるような、どこか懐かしいような。
「………」
被っている埃をはらい開けると、中に入っていたのは、紅い石のついたとても綺麗な簪だった。 
―――ドクン
瞬間、
この空間には私の心臓しか音を発していないのではないかと錯覚する程、莫大な鼓動が鳴り響いて、激しさを増していく。
この簪を、私は、知っている…?
『結婚したのよ、私たち。いい加減私のこと信用してほしいわ』
あれは…誰?
『あの人にしてはいいモノを買ったと思うの。ほら、似合うでしょう?』
そう言って髪にさしているのは、この簪だ。
『ふふ、私が喜んだもんだから、誕生日以降何本も簪ばっかり買ってきちゃって。本当に困った人なんだから』
そこにいる彼女はとても楽しそうで、幸せそうだ。
誰かを想っていて、誰かへと向けて笑っている。
けれど場面が変わると、瞬時に真っ暗な世界となり、酷く悲しい声が響いた。
『――ごめんね、虎…ごめんなさい』
―――虎…?
「――子、 蓮子!」
「!?」
名を呼ばれて気付けば、目の前には何やら息を切らし心配した様子の虎が、私を覗き込んでいた。
「あれ、今日は接待で遅くなるんじゃ…」
「もう夜の11時だ。帰って早々柊に、蓮子がどこにもいないと言われて探し回った」 
「え、11時…?」
夕食後に少しだけ覗くつもりで入った。
本当に少しだけだ。
実際、思い返しても10分くらいしか経ってないと思うのに。
「どこか怪我していないか!?何か異変は!?気分はどうだ!?」
「だ、大丈夫よ、何ともないわ」
大袈裟な、と思ったが、そんなに時間が経っていたのであれば心配させてしまったのだろう。
「ならいいが…。……蓮子、どうやってここに入った」
「どうって…鍵もかかってなかったし、普通に。入っちゃダメだった?ごめんなさい、そんなに大事なものが仕舞ってあるなんて思ってなくて、」
「"鍵がかかっていなかった"?」
「えぇ、開いていたけど…」
「いつ、この蔵がある事を知った?」
「今日よ。帰りの車で風吹さんが教えてくれて…」
「…そうか」
そうだ、あの人が入って自分で調べて良いと言ったのだ。
その結果がこれだ。
あれ、もしかして私、風吹さんに嫌われてる…?
風吹さんは虎信者のようなので、もしかして私を陥れる為の罠だったの?
そういえば、前に一緒にランチする友達がいるのかって馬鹿にもされた気がする。
「………」
「あ、大事なものよね、ごめんなさい勝手に」
まだ手に箱を持ったままだった。
虎の視線が簪に集中しているので、これはまずいのかもしれない。
急いで箱を閉じ、元にあった場所へと戻した。
「…触れたか?その簪に」
「え?」
「触れたのか?」
「…あ、いいえ。簪には触れていない。箱を開けただけよ」
「そうか」
怒らせてしまったのだろうか。
珍しく表情もなく黙り込んでいる。
本来鍵がかかっているということは、貴重なものが多い場所なのだろう。
この簪もとても高価なものなのかもしれない。
やはり、風吹さんは私嫌い説が物凄く濃厚だ。
あ、腹立ってきた。
「……もう出よう。早く湯に浸かって休んだ方がいい」
こくんと頷き、虎に肩をひかれ蔵を出る。
虎はそれ以上何も聞いてこないし、教えてもくれないけれど、
その後もずっと、あの簪が気になって眠れそうになかった。
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