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自称前世の夫が急に現れて求婚してくるのでどうにかしてください

アカイリツ

13:あの日


「……七瀬、何やってんだ?」
「しっ!静かにしてください二条さん」

オフィスビル廊下の付き合たりにある自販機エリア。
睡魔の誘惑がひどいのでコーヒーでも買おうと来たところで、自販機を眺めて何を買おうか迷っている東雲虎次郎を見つけた。

奴も同じくコーヒーでも買いに来たのだろうか。
微糖か?無糖か?と考えたところで、そういえばコーヒーの好みも知らない事にふと気付く。

そもそもコーヒーが好きなのだろうか。
朝食には挽きたてのとても美味しいコーヒーがでてくるので、拘っているようにも思えるけれど、他の食材もすべて手間がかかっていそうなので、コーヒーが特別というわけでもなさそうだ。

彼はドン引きするくらい私のことを知っているというのに、私は今仮にも同じ屋根の下で暮らしているくせに(不本意ながら、本当に仕方なくである)、コーヒーの好みすら知らない。

「旦那を覗きとはいい趣味だな」
「ちょっと黙っててもらえますか」

あの家では、食べ物から花から、いつだって私の好きなものが登場する。
一体どこから情報収集しているのだろうと思っていたけれど、こうやってストーカーしていればある程度の情報は手に入るのかもしれない。
勿論、私は今たまたま鉢合わせただけであって、決してストーキングではないと断っておこう。
さぁ、何のコーヒーを買うんだ、どれだ!とみていると、彼は『緑茶・朝摘み』のボタンを押した。

――ガコン。
落ちてきた緑茶を手に取り、その場で腰に手を当てゴクゴクとのむ。

「…………」

そういえば、柊さんがいつもお茶を出してくれる時に、今日は○○のお茶です、今日は○○産です、とお茶の説明をしていた気がする。
でかい屋敷に着流しでお茶の種類がどうとかって、イメージが合いすぎてすっかり疑問にも思わずに、そういうものだと思って流していたけれど、お茶葉にこだわりを持っている男だったのか。

今も自販機を前に悩んでいたのは『緑茶・朝摘み』と『濃いお茶』のどちらかで迷っていたのだろう。
だってその2つしかお茶は自販機にない。

「あれか、会社での距離感つかむの難しいんだな?」
「はい?」

そういえば隣に二条さんがいたんだった、と存在を忘れていた部署の先輩が、何やら一人で勝手に納得して頷いている。

「お前たちが会社でもそんな調子だと、俺に迷惑がかかるのは明らかだ」

特にお前な、仕事しなくなるだろ、そういう奴だお前は、と完全に自分の被害を減らすことしか頭にないであろう二条さんは、名案だとばかりに助言をくれた。

「デートでもしてこい。恋人気分を思い出して、家と外でメリハリを作れ」
「!!」

人に言われて気付くなんて。

結婚しろとは再三言われておりますが、その前にあるべき過程全部すっ飛ばしているではないですか。






*****





「デート?」

眠る前の少しのティータイム。
先ほど持ってきてくれた柊さんに尋ねると、旦那様はお茶葉にはこだわりがありますよ、でもこれは寝る前なのでハーブティーです、とにっこりと説明してくれた。とてもおいしい。
明日、旦那様の好きな茶葉お教えしますねって去り際に言われ少し鼓動が早くなったような気がして、それを誤魔化すようにハーブティーに口をつけながら、隣に座る男へとデートの話を振ってみた。

「デートがしたいのか?」
「別にしたいわけじゃないけど、まずはお互いを知る事が必要でしょう?なのでデートを要求します」

この男に結婚までのプロセスを踏むつもりがあるようには全く見えない。
寧ろ、こいつの中では既にそういった過程をすべて通過している事になっているのだろう。前世で。
そう、前世で全部経験済みなのだ。前世という名の妄想で。

「………デートと言うよりも果たし状でも渡されそうな雰囲気なんだが」
「あら、あなたが雰囲気を気にする男だなんて全然知りませんでしたわ。おい、どこ連れてってくれるんだ、返答次第ではそれが果たし状だ」

女性からデートの話をさせたのだ。
どこに行くかくらいはお前が決めろと、睨む。
柊さんと茶葉の話をしていた数分前までこんな風に言うつもりは無かったのだけれど、デートという単語を出した時のこいつの顔が『は?何言ってんだ?』とでも吐き出しそうだったのがいけない。

「………別に、行きたくならいい」

ソファーで今日も寛いでいた彼は、私が立ち去ろうとしているのを見て、慌てて腕をひいて引き留めた。

「待て、そんな事言ってないだろ」
「なんでそんな事言いだすんだって感じだった」
「そうじゃない。何処かに連れてけと昔もよく言っていたなと、思い出してただけだ」

やっぱりな!
お前の頭の中では既に通過してるんだなデートは!
私の台詞まで妄想内で設定されている、あっぱれ!

「どうせ、その時もろくに恋人らしいことしないで結婚しようとしてたんじゃないの?」
「寧ろ結婚後の方が、どこか連れていけと騒いでたよお前は。はは、懐かしいな」
「…………」

適当にかわそうとしたけれど、ここで少し疑問に思ってしまった。
前世夫婦設定は一体どこまで出来上がっているのだろう。
これはただの興味本位であって、別に信じてるわけではない。

もう一度言う。
決して信じているわけではない。

「その、前世では、どうやって私たち結婚することになったの?」

だって、完璧なのだ。
何を聞いても慌てて考えることも、はぐらかすこともなく、ただ昔を思い出すようにすらすらと教えてくれる、そんな様子が簡単に想像できてしまう。
ならば、何か穴がないかとも思ってしまうわけで。

「昔の事を聞いてくるなんて、珍しいな。何か思い出したのか?」
「そうじゃないけど、ちょっと気になって…」
「そうか…。そうだな、お前が欲しくて、何度も求婚した。断られても諦めずに何度も言い寄った」
「…あんたならやりそう。でも、知らない相手に何度も言われたら気味悪がられるんじゃないの」

今の私がまさにそうだ。
その女性が私であるのなら、全く同じ感情を抱くことでしょう。

「あぁ、大分避けられたな。それでも俺は諦められなくて、互いに作戦を練り合い、捕まえるか捕まるかの構図が出来上がっていた」
「すごく嫌われてるじゃない、諦めなさいよ」

逃げる側必死じゃないのそれ。
ストーカーどころか犯罪的なのも昔からなのか。

「そこから数ヵ月して、やっとお前は俺の妻になると言ってくれた。祝言の時の白無垢姿は本当に美しくて、押し倒しそうになるのを抑えるのに必死だった」
「うわ、最低」

何を思い出しているのかうっとりとしている。
いや、思い出しているのではない、これは妄想だ。
けれど、綿密に創造された産物である。
逃げる側も必死であるところまで良くできている。

「じゃあ出会いは?」
「出会いは、見合いだったな」
「お見合い?それで何度も断られたってどんだけ嫌われてたの。諦めなさいよ」
「いや、お互い違う相手の見合いだった。お前が相手だったら喜んで受けてたさ」

お互いに違うお見合い相手がいたのに、別の女性に惹かれたと…?

「厳密にいえば俺は見合いではなく、宴だった、とても退屈な、な。抜け出したところで、お前にあったんだ」

懐かしい記憶を思い出すかのように視線を逸らすその男は、とても穏やかな表情をしている。

「桜の季節だった。緩やかに舞う花弁の中で、お前はとても美しく、一瞬で目を奪われたよ。あの頃からお前は変わらないな。相変わらず骨が折れる」

頬を撫でられて、また胸がドキリとする。
何をときめいているのだろう。
ときめくような感情が湧くわけがない。

けれど、強引ではあるけれど実際に彼はとても私に優しく、私を好いていてくれているのがここ数日でとても伝わってくる。

勿論、状況はおかしい。
蓮子、きちんと覚えてる?
相手は拉致犯であり、妄想を押し付けてくる頭ヤバめ人物であると。

「デートだったな。週末に行こう」
「ほんと…?」
「あぁ。楽しみだ」

デート一つで何を喜んでしまっているのだろう。

「…また庭の散歩をデートって言ったら殴るからね」
「ははははは」
「おい、返事しろ」


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