自称前世の夫が急に現れて求婚してくるのでどうにかしてください

アカイリツ

12:始まりか再開か


「やだもう蓮子、ほんと水くさいんだからー」
「…………」

花でも背負ってそうな笑顔で戻ってきた同僚にバシバシと背中を叩かれる。

私の記憶が正しければ20分前までは鋭く尖った眼差しを突き刺されていたのだけれど、席を外した先で何があったのか、その姿は180度変わっている。

『東雲さんはやめたほうがいい』と心配してくれたのに、その嫁は私です、だなんて展開になってしまったのだ。
何を言っても言い訳とされて栞那の冷たい視線が和らぐことはなさそうだったのに、これは一体全体何が起こったのだろうか。

「別に隠すことないのに。何があっても蓮子の味方だってば」
「…それはどうも」

とても機嫌のいい彼女は、私の耳元でそっと告げた。

「そりゃ、気まずいわよね、副社長の奥さんだって知られちゃったら」
「…副社長?」
「人事課にこの間聞いたの、東雲さんがついに副社長の座につくって。今までずっと断って各地を転々としてたのに一体どういう心境の変化って思ってたら、結婚が理由だったとはね〜。愛されてるのね、蓮子」
「副社長…」
「遠距離は耐えられない…!その思いから本社にとどまれる副社長の座を選ぶ夫…!幸せな展開じゃない、もう〜」

なんだか楽しそうに頬に手を添えキャッキャとしている。
彼女の怒りが消えたのであればとても喜ばしいが、私の知らないワードが出てきた事にまた驚愕だ。

「副社長の座を選ぶって、そんな簡単に…?」
「まぁ、社長の弟だしね、いつかはなるんだろうとは思ってたからそこに驚きはないけど」
「社長の弟…!?」
「いいっていいって、わかってるから」

フリでもなんでもない。初耳すぎる。
社長の…弟!!?
つまりはこの会社の経営一族ということ!?
御曹司!?
あの家の広大な敷地も家もお手伝いさん達も全てが金持ちという点で合致した。

「心配してたわよ、東雲さん。今までと変わらず蓮子と仲良くしてやってくれ、って言われちゃった」
「へぇー…」
「あと、話すきっかけが全然なかった事業部のイケメンと合コン取り付けてくれた!東雲さんすごくいい人!もっと優しくしてあげなさいよ」
「……ソウダネ」

イケメンハンターの栞那には手っ取り早い機嫌の治し方である。
あの男、間違いなく妄想だけではなく人を操る術も熟知してる。

どうしよう、部署の人たちも「まさか東雲さんの奥さんが七瀬さんだったとはね」「でも、お似合いよねぇ」とか言いながら、なんか温かい祝福モードになってきている。

どんな手を使ったのあいつ、何、何が起こっているの!!!!!






*****






「前世で夫婦だったって言った方が良かったか?」
「勘弁してください」

精神的にとても疲れていた私は、そのまま簡単に車に乗せられて、再びでかい屋敷へと連れ帰られる。
既に帰る場所はここであると認識し出しているが、なんかもうそれでもいいかなと思ってしまうくらいに、とても疲れている。

「嘘は何もついていないぞ。お前を探す為に各地を転々としていたが、もうその必要はないからな」
「…副社長で、社長の弟っていうのも?」
「あぁ、龍一郎な」

東雲龍一郎、確かに社長の名前な気がする、あの規模の企業じゃ社長なんて遠い存在すぎて全然気にしてなかった、東雲一族って事か!
龍一郎が兄で、虎次郎が弟、あぁ古風なお金持ちな感じしますね。

「………」
「…?」

でもすっかりあの家はそういう筋の家だと思っていたけれど、実は実業家なの?
と思って見ていると、一瞬だが兄の名を口にした彼の表情が陰った気がした。

「……お兄さんと仲悪いの?」
「いや?俺が今ここにいるのはあいつのおかげだ。感謝しかない」
「お兄さんに育てられた、とか?」
「はは、まさか。人の面倒見るなんて柄じゃない。まぁ、ある意味育てられたとも言えるが」
「?」

そういえばあの家にはこの男を主として、周りにお手伝いさんやら怖いスーツの人やらがうろちょろしているけれど、家族らしき存在は住んでいなさそうだ。
ご両親は健在なんだろうか。
そうふと考えたところで、ニヤニヤとこちらを見ている目に気づく。

「別に、気になったわけじゃ…!」
「何も言ってないぞ?」

未だニヤニヤとしているその男を助手席から軽く殴るもダメージはゼロだ。
笑って受け流すその顔に、先ほどの陰りが消えていて少しほっとしてしまう。
悪意があるようには見えなかった。
それでも、お兄さんとは何かがあると思わせるような表情だった。

「それにしてもあんたが副社長なんて、あの会社も潰れるのは時間の問題ね」

悔しいのでどうにか悪態ついてやろうと私から出た言葉にも、そいつはいつものさわやか笑顔で返答してくる。

「俺は実際何もしない、本社に居座ってお前といる為だけに副社長の件を呑んだに過ぎない」
「良かったわね、転勤族から脱出して」
「あぁ、本当に、こんな気分になったのは何年ぶりか…もう覚えていないほど昔だな」
「大袈裟ね」
「いや、大袈裟なんかじゃない」

赤信号で止まったと同時に手を握られた。
これは初めて会ったあの会議室と同じ状況だ。

とても真剣な目をして、私の手の甲へととても紳士的に口付ける。

「蓮子、お前のいない時間は俺にとって地獄そのものだった。またこうしてお前に触れる事ができるなんて、夢のようだ」

愛おしそうなその瞳に、少し胸がときめいてしまうのはそうなる状況が揃っているせいだろう。
だって…こんな…こんな風に見つめられて言葉に詰まるなんて…

「おっと、青だ」

後ろからのクラクションにハッとして手を離す。
それと同時に窓の外へと視線を動かし、少し赤くなってしまったであろう顔を隠しておいた。


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