自称前世の夫が急に現れて求婚してくるのでどうにかしてください
09:触れられる距離
「昨夜は、乱暴にして悪かった」
翌日、またもや高級ホテルの朝食かと思わせるほどの、ふわっふわのスクランブルエッグと、どこから情報を得たのか私の好きなパニーニを頬張ってると、
目の前にピンク色の綺麗な山茶花の花束が現れた。
名前から家から全てが古風な彼は、花の趣味まで古風らしい。
確かに昨晩は納得のいかない(いや、今の状況は全面的に納得がいっていないけれど)行動に、眠るまでにも時間が必要だった。
それでも、こうして朝食を楽しんでいるのだ。
こんなにも自分が神経の図太い人間だったとは、新たな一面を発見し、涙が出そうになる。
「山茶花……」
この謝罪方法は大正解だ。
なぜなら、山茶花は私の大好きな花だからである。
「花は嫌いだったか…?」
控えめに聞いてくる彼がなんだかおかしくて、笑ってしまう。
「ううん、山茶花大好きだから、嬉しい」
「……山茶花が好きなのか?」
「えぇ、一番好きな花よ」
「………そうか」
「?」
何か変なことを言っただろうか。
それとも、そんなに意外だったのか。
え、山茶花が好きなことに?
それとも花が好きなことに?
「………」
何故か驚いている彼に疑問を通り越して怒りが沸いてきたけれど、受け取った花束に頬を緩めてしまうのは好きな花だから仕方がない。
「……柊に飾らせよう」
「ええ、後で花瓶か何か借りて、」
「かしこまりました蓮子様、お預かりいたします」
「!?」
またも急に現れた柊さんに驚いてしまう。
何、この人、いつも気配全然ないんだけど…!
驚いた顔で見つめていると、にっこりとした笑顔で花束を受け取り、部屋を去っていった。
「今日は休日だったな。何か予定はあるのか?」
拉致監禁しておいて、予定があるか聞いてくる犯罪者はこいつくらいだろう。
そもそも、私がおかれてる状況って本当に謎すぎる。
無理やりここを生活の拠点に変更させられたが、それ以外は自由なのだ。
おそらく、今日予定があったとして、出かける事も可能だろう。
「もし何もないなら、少し庭を歩かないか。まだこの家も案内してなかったしな」
特に予定もなかったので、その申し出を受け入れてみる。
予定があると言って逃げ出した方がよかったのかもしれないと、すぐに頭を抱えたけれど、何故かこの家に居心地の良さを感じてしまい、逃げなければという危機感が薄れていくのだ。
――そう。
何故かこの家は居心地がいい。
ここへ来たことは勿論、この男との面識だってなかった。
なのに、そう思うのは何故なのか。
家の案内をして貰ったら少しは何かわかるだろうか。
そんな期待を少ししながら、庭の散歩へとついていった。
******
っていうか………
広っっ!!!!!!
え、なにこれ全部私有地!?
屋敷を出たのはどのくらい前だったのか思い出せない程に、割と歩いたと思う。
庭と言うには広すぎるこの場所で、歩きすぎて疲れた私とは正反対に、息一つ乱さないその男は、何やら考え込んでいて無表情だ。
お前が誘ったんだろ、案内するって言ったんだろ、何黙ってんだよ!!!!
思わず怒鳴りつけそうになったのは、予想外に広いこの場所のせいに違いない。
風吹さんに持たされたお茶セットが少し多めなのも理解できた。 
完全に昼食だあれは。
「……あ、山茶花」
まただ。
この庭にはどれだけあるのだろうかと思わせる程に、山茶花が植えられているのだ。
「そこで休憩にしよう」
山茶花に見惚れていると、近くのテーブルとチェアを指さして立ち止まった。
振り向けば、彼は歩き続けた事にやっと気づいたような顔で、またもすまないと口にした。
「お前は記憶がないというのに…何も気遣えていない俺を許してくれ」
「…………」
昨日、あの後も柊さんに相当言われたのだろうか。
それとも、他にも何か考える事があるのだろうか。
じっと彼を見つめていると、山茶花の花を一つ手に取って、彼が近づいてきた。
そのまま私の髪に触れ、花を挿す。
「やはり、お前は山茶花が似合うな」
彼はなぜ、こんなにも哀しそうに笑うのだろう。
どうして、そんな顔で私を見るのだろう。
どうして、
どうして、
誰が、
誰が彼にこんな顔をさせているの…?
そっと頬へと手を伸ばすと、驚いた彼が目を見開く。
けれど、次に私が起こした行動で、その目は更に開かれた。
「虎…」
「!」
お願いだから…
お願いだから、そんな顔をしないで…
ごめんなさい…
――ごめんなさい……
背伸びをして、口付ける。
涙を流していることに気づいたのは、触れるだけの口付けを終えて、彼と目が合った時だった。
「蓮子……」
誰も、
誰も彼を傷つけたりしないで。
彼を、
一人にしないで
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