自称前世の夫が急に現れて求婚してくるのでどうにかしてください

アカイリツ

08:神なんて


「………」

散々わめき散らしても、この男には何一つ伝わっていないらしい。
薔薇の花びらが浮かんだ極上スパのようなお風呂を堪能して部屋へと戻ってくると、敷かれた布団の上で寝ている男がいた。

こいつ…人の布団で寝やがって。
自分の部屋へ戻れ、とここを私の寝る場所であると認識してしまっているのが切ない。

アパートを解約したというけど、本当なのだろうか。
明日取り合えず行って確かめよう。
絶対に明日こそ拉致られたりしない…!

だが、先ほど目にした隣の部屋へと押し込められた私の荷物たちに、
たとえ部屋の契約が嘘だったとしても、生活することは難しそうだ。

あと、色々ぶっ飛んでるこの男のことだ、解約も事実である率は高く溜息が漏れる。

「……zzz」

どうしたものかと、布団の横に腰を下ろして、眠る男を眺める。

お風呂に入る時に、今夜の寝巻きとして浴衣を渡された。
これは本格的に旅館みたいだと少しはしゃいで、今もその気分は悲しいことに継続中だ。

そして男も同じように着流し姿だった。
普段からそうなのかはわからないけれど、この家の雰囲気にはとてもぴったりだ。
寝転がっているせいで合わせ目が少し乱れ、肌が覗いている。

「…………」

「………パチ」

「……!!?」

ぼんやりと彼を見ていると、ぱちりと目が開き、驚いて離れようと布団についた手を引っ張られ倒れ込んでしまう。
そのまま私の腰を抱き寄せて、布団の上で抱きしめられるという体勢が出来上がった。

「ちょっ、」
「蓮子…帰ってたのか」

帰るって、え、なに、お風呂からですか?

「またお前は、共も付けずに一人で出かけてしまうと、…風吹が嘆いていたぞ」

一人で出かけてなんていない。

寧ろ軟禁されている。
逃げ道がわからないので強行突破はしていないが、外に行くことは自由なのだろうか。

…まぁ、家を解約されて荷物も全てここにあれば、戻ってくる確率が高いけれど。

「…嫌な夢を見た」
「夢?」
「…どこにも行くな」

そしてまた悲しみを含む声を出して、私を思い切り抱きしめる。

「俺をおいて、どこにも行くな」

命令口調なのに、縋っているように聞こえて。

強まる腕に息苦しさを感じたけれど、何故か拒絶できなかった。

けれどその手が尻へと降りて撫で始めた時、このままでは流されると目を覚ます。
こいつ寝ぼけて、どさくさに紛れて事に及ぼうとしているのか…!

「離せ、変態ぃぃぃ!」
「いてててて」

顎を思い切りぐいっと押して距離を取る。

本当に寝ぼけていただけだったらしいそいつは、謝りながら簡単に抱きしめる腕を解いてくれた。

それでも距離はまだ近い。
もっと離れてください。

「何もしない、悪かった。……?」

何もしないだぁ!?
手を出さないとかなんとか言うけど、お前既に数回キスしてるからな!

さっさとどけと再び告げると、男が固まったまま私の胸元を凝視しているのがわかる。
抱きしめられたせいで谷間が見えてしまっている。

「………」

…おい、言った側からこれか。
見られた方はわかってるんですよ。そんな隠す事なく凝視されたら言い逃れも出来ませんよ!

けれど、それがものすごく険しい目つきになっていきまして。

どうしたのかと思った時には、布団に背を押し付けられていて、浴衣の合わせ目を一気にぐわっと開かれた。

は、ちょ、
はあああ!?

「何もしないって言ったばっかでしょ、離して!!」

けれど私が想像するような展開になるより早く、男は冷静な苛立ちをあらわにする。

「この跡は誰がつけた」
「跡…?」

もう薄くなってきている跡を見ながら、とても低い声を出す。

胸元にあるそれは所謂キスマークというやつに見える。
が、勿論そんな記憶さらさらにない。
それに自分で全く気づかないなんて事があるだろうか。

「誰がつけた。彼氏か」
「だったら何なの?あんたに関係、」
「お前に彼氏がいたのは仕方ないと割り切ろうとはしている、だがこんな具体的なものは認めん」
「何言って、…きゃっ!?」

放り投げていた腕も掴まれ、顔の横で布団へと縫い付けられた。
どうしてこんなに怒っているのだろう。訳がわからない。

だいたい、これは何だと私だって聞きたい。
思い当たるのは先日のこいつと会ったであろう飲み屋だろうか。
そういえば、それについての会話をきちんと出来ていないと気づく。

「飲み屋で、会った…のよね?」
「飲み屋?」
「私あんまり記憶ないんだ、けど…」
「………」

あの夜の事を説明するものの、顔が恐ろしすぎて、語尾が途切れてしまう。
何でこんなに怒っているのか。

「俺達は飲み屋で会ってなどいない」

怒りは怒りを呼んで、静かに怒る姿がまた恐怖を植え付けてくる。
これは…あまりよろしくない展開でしょうか、誰か教えて。

でも、決して悪い事をしている事にはならないんじゃないだろうか。
結婚設定はこいつのただの電波設定であり、付き合ってすらいないのだ。
私が誰と何をしたってこいつには一切関係ない。

「つまり、俺じゃないその男が、お前を堪能したと」
「いや、ただ楽しくお酒を飲んだ?ような…?」

なのに、なんでこんなに必死に弁解しようとしてるのだろう。

「そうか、見つけてそうそう仕置きをしなければならないとはな」

不穏な瞳のまま、帯に手をかける目の前の男。
抵抗しようと思ったら、でかい図体でのしかかってきて、そのまま首元に顔を埋め、舐められた。

「んっ、や、やめ、」
「夫以外には触れさせて、夫には触れさせないのか?おかしいだろ」
「だから夫じゃな…んんっ…!」

黙れとでも言うように荒々しく唇を塞がられる。
ゾクゾクとする感覚に逃げられなくなりそうで怖い。

やめてと、もがいてふとあった目は、全く笑っていなかった。


―――♪~♪♪♪~


「!!!」

勢いよく鳴った電話はきっと神からに違いない。

助かった!!!

誰だか知らないが、ありがとう!!!愛してる!!!

「ちょ、あの、電話、」
「後にしろ」
「後って、」
「後にしろ。」

有無を言わさぬ勢いで睨みつけられるが、私も負けていられない。

流石にこのまま流されるわけにはいかないのだ。
そこまで、自分を安売りするつもりはない。

「どいて!」
「………蓮子、」

「虎次郎様」

「きゃぁ!!」
「!」

急に現れた第三者に驚き、声をのした方を見ると、
着物に身をつつんだ女性が、こちらを見下ろしていた。

女子おなごが嫌と申しております。何をなさっておいでですが」

色々と私の世話をしてくれる、凛とした空気感の女性。
確か名前はひいらぎさんだった。

扉の開く音に全く気が付かなかった。
一体いつこの部屋に入ってきたのだろう。

「……柊、お前を呼んだつもりはない」
「奥様がお困りのようでしたので」
「主が誰か分かっていないようだな」
「虎次郎様、貴方様は蓮子様に無理強いをされるようなお方では無かったはずですが」
「…………」

何かを考えるように黙った後、そっと私の上から退いた男は、
悪かった、と一言呟いてから部屋を出て行った。

「…………」

その時の表情が、何故だか胸の奥をズキンと攻撃する。

「許して差し上げてくださいね。あまりにも長い間蓮子様を探し続けて、ようやく見つけたのですから。探している時の旦那様はそれはそれはお辛そうで…。
 本当に、蓮子様が見つかって私どもも幸せでございます」
「………はぁ」

長い間って、あの夜の男は彼ではないのだ。
一体いつから私のこと知っているのだろう。

「あの、長い間探してたってどうして…?」

一体どこで出会ったのだろう。
ロックオンされる出来事が何かあったのだろうか。

「勿論、もう一度、蓮子様とお会いする為です」

柊さんはそう言ってにっこり笑うと、部屋を出て行った。

「……」

全く事態についていけない私は、ただただぽかんと口を開けてその背を見送る。

一体私の人生に何が起こっているのだろう。

とりあえず現実に戻るために、すっかり鳴る事を止めてしまった携帯へと手を伸ばせば、不動産屋さんからのメールが届いていた。

『解約手続き完了に関するご案内』

「………まじか」

色々とついていけない展開に、溜息をついて布団へと倒れ込んだ。

この世界に、神なんていない。

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