週末自炊酒

飯炊きおじさん

第六話 チリコンカンもどき

「よし…さっさと帰るぞ」

今日は男は早足で帰っている。
帰宅時間もいつもよりほんの少しだけ早い。
今日はいつもとは違う酒が飲めるため、早めに切り上げてきたのだ。
その酒というのが…

「テキーラなんて何ヶ月ぶりだろうか…。アメリカのあのオッサンも良い趣味しているな。それにしても部の奴ら、全員テキーラの旨さを知らなさすぎだろう」

男の今の仕事は国内本社と海外支社の案件の調整役のようなものだ。
今日、男が調整を担当していた案件で、アメリカ支社の現地人が大きな案件を獲得できたとのことで、お礼としてセレブの間で人気というプレミアムテキーラを送られてきたのだ。
ただ、男は、仕事としてやっただけだから自分一人で楽しむのは申し訳無いと考えた。そのため、部内の皆で飲もうと提案したところ、自分以外の全員が「テキーラは…ちょっと…」という意見だったのだ。

「未だに酔い潰れるための酒というイメージが強いんだなぁ。ウイスキーとかと度数は変わらないというのに…」

そうは思いつつも男は心の片隅でこのテキーラを一人占めできるのを喜んでいた。
カバンを覗けば黄金色の液体が輝く瓶がある。
テキーラは熟成期間別にブランコ、レポサド、アネホの3種類に分けられる。このテキーラは中くらいの熟成期間のレポサドと呼ばれるものだ。
黄色の見た目からゴールドテキーラとも呼ばれる。

「このクラスのゴールドテキーラとなると味わいも飲み易さも段違いだというのに。あいつらは勿体無いことをしたな」

男はニヤリとして、この酒に合わせるための食事を用意すべく、近場のスーパーへと向かった。

「やっぱりテキーラと言えばタコスだよな。生地を作るのは面倒だから市販のものを買うとして、ソースは自作しよう」

そう考えた男はいつもの生鮮食品コーナーの隣にある、輸入食品売り場に向かった。
案の定、タコスの生地が売られている。男は一袋カゴに入れた。

「あとは野菜とソースだな」

キャベツとトマトをカゴに入れ、ソース作りに必要な挽き肉や香辛料、チリソースをカゴに入れていく。

ふと、チリソースの棚で目線を横にずらしてみると、そこにはミックスビーンズがあった。
なぜだか目線が離せない。

「…閃いた!」

男はそう思うと、キャベツとタコスの生地を元あった売り場に戻して、新たに玉ねぎ、ニンニク、じゃがいもをカゴに入れた。

「実際の作り方は知らないが、それっぽいものにはなるだろう。作ってみるぞ、チリコンカン!」

男は会計を済ませて足早に家路につく。

家に帰り、早速台所に材料を並べる。
・玉ねぎ
・ニンニク
・オリーブオイル
・トマト
・塩
・チリソース
・カイエンペッパー
・チリペッパー
・ブラックペッパー
・クミンパウダー
・牛挽き肉
・ミックスビーンズ
・じゃがいも

「まあ、タコスソースをベースに作っていけば旨くなるだろう」

男は適当なことを言い出した。が、作り方もそう難しくない。
チリコンカンソースに関しては、食材や調味料を順々に鍋の中に入れていき、煮込むだけだ。ただし、じゃがいもだけはフライドポテト用となる。

まず、フライドポテト用のじゃがいも2個ほど、泥を落としてから1cmのスティック状に切り、水にさらしておく。

さらしている間にチリコンカンソースの準備だ。
玉ねぎ1個とニンニク3かけを皮をむいてを細かく刻み、鍋で低温で温めたオリーブオイルに入れて、馴染ませる。
玉ねぎが半透明になった時点で、トマト1個もヘタをとってざっくりと刻み、同じく鍋に入れ、塩を一つまみ振る。

鍋全体が沸騰してきて、トマトがどろどろになりかけたら、チリソースをお玉で一杯、カイエンペッパー・チリペッパーを小さじ2ずつ入れ、ブラックペッパー・クミンパウダーも鍋全体に軽く振り、鍋全体を満遍なく混ぜる。

その横で挽き肉を炒める。
挽き肉に火が通り始たら余分な油を捨てる。
軽く焼き目をつけてトマトやチリソースなどが入っている鍋に投入する。

挽き肉の後はミックスビーンズだ。
ざるに上げ、軽く流水で洗い、同じく鍋に入れて弱火で煮込む。

煮込んでいる間にフライドポテトを仕上げる。
昔どこかで見た旨いフライドポテトのレシピを思い出しながらやっていくようだ。
さらしていたじゃがいもの水をしっかりと切り、小麦粉をまぶしておく。
小鍋にそのじゃがいもを入れ、常温の油をひたひたになるまで注ぎ、点火する。
しばらくするとじゃがいもから沢山の泡が出てくるので、弱火にする。
10分経ったあたりでじゃがいもを小鍋から上げ、一旦油を切る。
その間小鍋の油を火にかけ続け、温度を上げる。
菜箸を小鍋の油に入れ、箸全体から泡が出るようになったところでじゃがいもを油の中に入れ戻す。
3〜4分経ったあたりでじゃがいもを上げ、キッチンペーパーの上に広げておく。これで、フライドポテトは完成だ。

フライドポテトを作っている間もソースの面倒は見続ける。
鍋底に焦げ付かないようにたまにかき混ぜながらミックスビーンズに火が通るのを待つ。
そしてフライドポテトが出来上がった時点で、ブラックペッパーを追加で軽く振って少し火を通す。

最後にフライドポテトを皿に盛り付けて、上からチリコンカンソースをかけて、完成だ。

男は早速テキーラをショットグラスに注ぎ、グイと飲み干す。
まず喉の奥から来るカァッと熱くなるような感覚。だが、熟成期間の若いブランコのテキーラと比べると柔らかめである。
次いで奥の方から感じるハチミツのような甘み、最後に若草のような爽快な風味が駆け抜ける。
男はニヤリと笑って瓶を眺めた。

「やっぱり、あのオッサン良い趣味してるな。今夜はこれを一人占めできるなんて、幸せだ」

満足げに独りごちた後、チリコンカンポテトに手を伸ばす。
フライドポテトにたっぷりとチリコンカンソースをつけて、頬張る。
ポテトのザクザク感とホクホク感が歯に心地よい。
そこにソースのピリッとした辛味と挽き肉のジューシー感も加わる。
男はたまらずもう一口食べた。

「ぶっつけ本番だったが、良い感じに作れたな。明日もこれ作ろう」

男は自分の料理にも満足している。
更に男はチリコンカンを一口頬張った後、テキーラをもう一杯飲んだ。
ピリリとした刺激と肉のジューシー感がテキーラによく合う。

「そう言えば、初めて旨いと思えたテキーラもこれだったかなぁ。最初に飲んだテキーラが安物で不味くて二度とテキーラなんて飲むかと思ってたか…。今じゃ当時不味いと思ったあの酒でさえ旨く飲めるようになったな…」

男は思い出に浸りながら今夜も飲み進めていく。

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