月に水まんじゅう

萩原 歓

39 伸二と孫・2

 仕事帰りに久しぶりに実家に顔を出そうと、近所の公園を横切った。
見覚えのある男がベビーカーを押している。
父の伸二だ。


 たいして広くない公園は、緑にあふれているが、遊具は鉄棒と滑り台だけでそれほど人気のあるスポットでない。
しかし遠目から見ても楽し気な様子に見えた。


「お父さん、散歩?」
「おお、星奈。桜子と散歩だよ。今夜はうちで飯食べるのか?」
「うん。なんかすっかりイクジイだね」
「イクジイ?なんだそれ」
「育児するおじいさんってこと。もう何年も前から増えてきてるよ。園にだっておじいちゃんがお迎えにきたりするし」
「ほお、そうなのか。ちょっとばかし恥ずかしいなとは思ってたんだけどな。桜子が可愛くてなあ」
 目を細める伸二はすっかりおじいさんだ。
 髪はまだ残っているが、白髪で目尻にもくっきりとしたしわがあり、頬もたるんできている。
しかし退職直後よりも今、桜子の世話をしている伸二は生き生きとしている。


「いいじゃん。お母さんが言ってたよ。昔からお父さんは子供あやすのが得意だって」
「んー。お前はよくぐずぐずしてたからなあ」
「えっ?そうなの?」
「まあ覚えてないよな。お母さんは修一に掛かりっきりだったから俺がよくあやしてたんだぞ」


 ベビーカーで気持ちよさそうに寝ていた桜子が、起きてぐずり始めた。
「ふあっあっ、あっ、あぅ、ああう」
「おー、よしよし、いいこだなあ。桜子はいいこだなあ」
 そぉっと宝物の様に桜子を抱き、優しく揺する。
 そよ風よりも優しく、陽だまりよりも暖かそうな伸二の腕で、桜子は安心してご機嫌を取り戻した。


 星奈はもちろん自分が赤ん坊の頃のことを、覚えているはずはない。
しかし、桜子と伸二は、かつての星奈と伸二の姿と同じなのだろうと感じた。


 伸二は忙しい銀行マンで、星奈が物心ついたころには、家での影は薄かった。彼の性格は気が小さいようだが、穏やかでのんびりしている。
大きな声を出されることも、男の怖さを感じさせられることもなかった。
良くも悪くも父親としての存在感が希薄であった。


 今この育児する姿を見て、星奈は伸二に愛され可愛がられてきたのだと認識した。
「お父さん。一緒に帰ろうよ」
「そうだな。さあ、桜子(星奈)帰ろう」
老いた父の背にそっと手を置き、温かさを感じながら星奈は、かつてこの公園を一緒に歩いたことを思い出していた。

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