月に水まんじゅう

萩原 歓

31 自負

 朝方早く星奈は起きだし薄暗い中、まだ家族は寝静まっているだろうと、そっと足音を立てずに廊下を歩き台所に向かった。


 暗がりの中テーブルにうつ伏せになっている修一の姿を見つけた。
思わず「おにいちゃん……」と声に出してしまった。


「んん。ん?星奈か、おはよ」
「ご、ごめん。寝てたの?今帰り?」
「うん。部屋に行く前にちょっと座ったら寝てたよ」
 修一は憔悴した様子で椅子にもたれ掛けている。


「なんか軽く食べられるもの作ろうか?お腹へってるでしょ?」
「そうだなあ。ちょっと目が覚めたし何か食べとこうかな。いいか?」
「うん」


 いつもの夜勤明けよりも疲労が濃い修一の、負担にならないように細かく刻んだ野菜が、たっぷり入った雑炊を手早く作った。
「どうぞ」
「早いね。もうできたのか。いい香りだ」
「ダシとってあったから」
「そうか」


 レンゲでそっとすくい、ふぅふぅと息をかけ冷まそうとしたが、それほど熱くないことに気づき、大きな一口で食べ始めた。
 線の細かった学生時代と違って修一は精力的になった。
食事の量も食べ方も、気が付くと男らしくなっている気がする。(お兄ちゃん、がつがつ食べてる)
美味しそうに食べる姿に星奈は嬉しくて、何度もおかわりできるからね、と言った。


「あー。やっと落ち着いた」
「なんか大変だったの?」
ほうじ茶を差し出しながら星奈は尋ねる。
ほっとした様子で修一は昨晩の事を話し始めた。




――小児科病棟は現在、入院している子供はおらず静かな夜だった。
季節柄、発熱やら胃腸炎やらが起きにくいが、満月の時は少し気を引き締めて置かねばならない。
産気づくことが多いからだ。


 かすかに廊下を小走りする音が聞こえる。
「片桐先生!緊急帝王切開が始まりますので、こちらも準備お願いします!」
「何週?」
「34週です!双子なんですっ。体重差がけっこうあるみたいで」
「わかった。すぐに連携できるようにしておきます」
 設備を整えて赤ん坊の到着を待った。




「そ、それで赤ちゃんどうだったの?」
「男の子と女の子の双子で、女の子は2千あったんだけど、男の子が千二百ですごく小さかったんだよ」
「千二百……」
 星奈はキャベツ一つの重さと同じくらいだと思い、自分の両手の中に、まるでその小さな赤ん坊がいるように抱くような手つきを自然にしていた。


「小さかったよ。双子はやっぱり色々リスクがあってね。
その子たちは体重差はあったけど今のところ経過もいいよ」
「そんなにちっちゃい子が生まれるんだ」
「もっと小さい子もいるけどみんな頑張って生きてるよ」
「そうなんだ……」


 小さな命とその命をあずかる修一に星奈は胸が熱くなる。
とても誇らしいと思った。
「気を張ってたからちょっと疲れたかな」
「お疲れ様。よく休んでよ」
「うん少し寝るよ。ごちそうさま。星奈のご飯はほんと美味しいな。
全ての子供に食べさせてやりたいくらいだ」
 にこっと笑って修一は二階へ上がっていった。


 星奈は空っぽになったどんぶりを眺める。
目の前が滲んで紺と白の縞模様のどんぶりが青の器に見えてくる。
尊敬する修一に認められた気がした。
そして自分の仕事も大事なものなのだと自負した。

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