月に水まんじゅう

萩原 歓

28 和弘と美優

 和弘の実家の旅館『桔梗屋』がリニューアルオープンされた。旅館ではあるが宿泊なしで本格的な日本料理を堪能できる店としても宣伝されていたので、星奈は少し混雑期を避け食事だけでもしに行こうと決めていた。
 恐らくこのリニューアルオープンは板前修業を終えた和弘と父親との世代交代が絡んでいるのだろう。


 星奈はさすがにカジュアルな服装ではまずいだろうと思い、調理師専門学校の卒業式に着たブルーグレイのツーピースを取り出した。
スカートのウエストが何とか入ったことにほっとしながら、お祝いの品を何にしようかと考えた。無難にインターネットで花を注文し贈ることにし、当日に水まんじゅうでも持っていこうと思いついてから眠りについた。




 モダンな和風建築と言ったふうの『桔梗屋』の前に立つ。改装前に来たときはどっしりとした瓦屋根の伝統的な日本建築で、若者には入り辛い雰囲気だったが、今では多少カジュアル感が増し、ボックス型の平屋に白木の柱がふんだんに使われた、明るい軽やかな店構えになっている。
若いカップルが何組か出入りしている。この雰囲気ならデートにぴったりかもしれない。
 星奈は今度月姫を連れてきたいと思いながら暖簾をくぐり店内のレストランのほうへ向かった。


 受付の和服を着た女性スタッフに予約をしていた旨を伝え、席に案内された。白木が明るい店内は日本料理店にしては珍しくテーブル席がメインだった。ほぼ若いカップルで埋まっている。
 星奈は個室の座敷へ案内された。そこも畳敷きではあるが掘り炬燵のようになっていて正座をすることはないようだ。
 スタッフが「お決まりでしたら、ボタンを押してください」と言い、襖を締めた。星奈は和紙で出来たメニューを広げて墨の文字を目で追った。
お祝いの気持ちもあるので奮発して、料理長のおすすめコースにすることにした。
 注文し、障子を少し開け庭を眺める。外からは見えなかったが庭は以前のまま、くねった樹齢の高い松がどっしりと存在をアピールしていた。恐らくテーブル席よりも和室を好む年配者のためにこの景観は残しているのだろう。
さすがに星奈もここで明るい花々を見るよりも松を見るほうが合っていると思った。


 しばらくするとコース料理が運ばれてき始めた。
先付が目の前に置かれた。初々しい女性スタッフが緊張しながら料理を差し出し、料理名を言うが星奈には聞き取れなかった。
 少しだけ地酒に口をつけ、生湯葉と蒸し海老が品よく瀬戸黒の小さな小鉢に入っている。海老の味噌の味だろうか。さっぱりとしているのに後味が濃厚だ。形だけで頼んだ日本酒が進んでしまいそうだ。
そのあとも順々にコース料理が運ばれてくる。(京都で修行したのは伊達じゃないな)


 星奈は専門学校時代に食べた和弘の料理が、当時もダントツに素晴らしいと思っていたが、この料理はさらに上をいくものだ。料理に感動を覚えると言うのはこのことかもしれないと思いながら目を見張る。
 地元の器に料理が良く映えている。個性の強い器たちが料理に主役の座を譲る。
織部焼などはあくが強い器で下手をすると料理に負けてしまいがちだが、和弘は器たちを征服しているかのようだった。
 迫力に気圧されながら星奈は最後のデザートにたどり着いた。柿ゼリーに少し安堵を覚えながらのんびり食べていると「失礼します」と元気の良い男の声がかかった。


「ご来店ありがとうございます。料理長の内田和弘です」
「おめでとうございます」
 和弘だった。形式的なあいさつを交わし、二人は吹き出した。
「久しぶり。星奈。元気そうだな」
「うん。和弘も元気そうね。おめでと、ほんと素敵な店だよー」
「ありがと、まあここまで来るのにも色々あったけどな」
「まあ、あるだろねえ。――そだ。これ、お土産。帰りに受付に渡そうと思たけど」
「おお。懐かしいな。水まんじゅう」
「うちの近所のだけどさ」
「星奈の作ったのでも美味いけどな」
「いやあ、さすがに買ってくるよ」
「今日、これから時間あるか?少し話でもしない?」
「えっ。あたしはいいけど。和弘なんか忙しいでしょ」
「いや。今日はこれで引ける予定なんだ」
「それなら。ほんと久しぶりだしね」
「じゃ、ここで待って、すぐ着替えてくるから」
「うん、急がなくていいよ」

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