月に水まんじゅう

萩原 歓

22 田辺正樹

「お母さん、ただいま」
「おかえりなさい。どうだった横浜は」
 奈保子が玄関に明るく出迎える。
「うん。中華料理美味しかった」
「あらあら、食べることばっかりねえ」
「はい、これ。定番ぽいけど餃子」
「ありがとう。修一の夜食にいいわね。美優ちゃんに、またうちにも遊びにいらっしゃいって言っておいてね」
「うん。あたしはおふろ入ったら寝るね」
 美優と横浜に一泊で遊びに行ったことになっているが、実は月姫とだった。(大丈夫かな。あたしどこか変わってないかな?)
 平静を装いながら部屋に戻り、ベッドに腰かけて緊張を解いた。




――月姫と中華街で食事をして、港が見える丘公園に連れて行ってもらった。
海も空も真っ青で、ブルーのワンピースを着ていた星奈は、自分自身も風景の一部になるような気持の良さを感じていた。
湿り気を帯びた、生ぬるい風が頬を撫でる。
 ここに来る前に月姫から告白されていた。星奈も好きだと告げた。そして初めて本名を知った。(田辺正樹……。男らしい名前なんだ)
 お互いに本名を呼び合おうとしたが、ネットゲーム上のキャラクターの名前を呼び続け過ぎていて、上手くいかなかった。結局二人きりの時は、月姫と乙女と呼び合うようになっている。
 そして月姫のアパートに泊まることになった。二人は身も心も結ばれるだろう。青に溶けそうな気分になりながら月姫を眺めると、彼は蒼天に浮かぶ白い月の様な優しさを醸し出していた。




 初めて愛を告白した後の甘美な気持ちは、何とも形容しがたかった。月姫はとても優しく温かかった。まるで星奈が理想とする料理のように甘く優しく温かい。
自分には恋愛というものに縁がなく感じていたし、ホテルでのセクハラに嫌悪感もあり、こんなふうに愛し合うことなど予想だにしなかった。月姫の中性的でほの白い綺麗な顔と、星奈よりも広い肩を思い出す。
 チャットの文字ではなしに、音声で聞く「乙女」との呼びかけに胸が弾んだ。
背の高さはあまり変わらないのに、パーツパーツが少しずつ大きく星奈を包み込む。
 まるで透き通った綺麗なまゆの中に包む込まれるような清らかな安心感を得る。そうして星奈は初めて独占できる『自分だけの人』を得たのだ。
 昨晩の行為を眠りにつくまで何度も何度も反芻し、熱い吐息をはき出した。

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