月に水まんじゅう
9 高校入学
星奈は市内の高校の家政科に入学した。将来の展望などは特に何もなかったが、母の奈保子の様子を見て、自分自身も家庭に協力をしたいと考えていたからだ。
 
奈保子は完璧主義が故、家事などの手伝いを星奈にも、もちろん修一にもさせることはなく、一人で計画的に素早く行っている。
子供心に母親を手伝いたい気持ちが常にあったが、奈保子にはその隙も余裕もな
かった。
しかし修一が医学部に合格し、二年に上がると家庭も落ち着きを取り戻した。今の星奈なら、奈保子に教えてもらうことなく、家事の手伝いができる。
本格的に夕飯を作ったことはないが、学校で習った身体に良さそうな菓子を作ると奈保子は喜んだ。
学校の課題だからと、作れるものを増やしながら、奈保子に星奈も出来ることがあることをアピールしていった。
今日の授業は和菓子作りとその発表だ。クラスメイトの半分が作り、半分は審査員となる。
星奈は葛粉を使って『水まんじゅう』を作ることにした。
――中学時代。部活の茶道で、暑い夏に透明の涼し気な和菓子が出てきた。
「今日はお濃茶のお点前をしますから、少しお腹にボリュームがあるお菓子を食べましょうね」
池波静乃がにっこりと、保冷バッグを岸谷京香に差し出した。
「まあ。静乃先生。これを持っていらしたんですか?私が取りに行きましたのに……」
顧問の岸谷はオーバル型の眼鏡を直しながら、バッグの中の氷水と一緒に詰められた、十個ばかりの水まんじゅうを眺める。
「よく冷えている方が美味しいですからね」
暑い中、高齢の池波静乃が自分で和菓子屋に買いに行き、良く冷やしたうえで運んできたのだ。
彼女の、例え中学生が相手だろうとも、気配りやもてなそうとする心遣いに、部員一同頭が下がる想いだった。
濃茶は、いつもの稽古で点てている薄茶と違って、人数分をまとめて入れるもので相当濃く、まさに練られた茶だ。
上等な茶葉を使うので、味が苦くなっているわけではない。ただその濃度ゆえに胸やけを起こしたり、飲みなれてないものは胃が痛くなるそうだ。
部員たちは、濃茶にも興味を示すが、地元の銘菓であるはずの『水まんじゅう』に、興味津々だった。今の時代、和菓子を食べる習慣があまりないのだろう。
名前を知っていても食べたことがあるのは、七名いる部員の中で新田美優のみだった。
新田美優も同じ高校に入学し、クラスも食物を専攻しているので星奈と一緒だ。茶道部からの付き合いだが、気が合い親友になっていた。
美優は進路を決めるとき、星奈と同じところに行くと言い、ついてきたような雰囲気だった。
星奈から見ると美優は勉強も運動もよくでき、美術も得意で、何でもできるイメージがあり、同じ高校を選ぶとは夢にも思わなかった。
星奈が思うくらいなので勿論、美優も担任と家族に、よく考えるようにと言われたらしい。
しかし頑固な彼女は、この家政科以外なら高校に行かないと頑として譲らず、今に至っている。
作業を終えて発表する時間がやってきた。
星奈は上手く透明になった水まんじゅうを、クラスメイトの審査員たちと教師に差し出した。プルプルとした冷たい触感を嫌う人は少ないだろう。
食べている姿で、好感触を得ていると思い星奈はほっとしていた。水まんじゅうの前にも、みたらし団子やどら焼きなど出されていたが、ひょっとして一番になれるかも?と言うくらいの良い反応だ。
しかし最後の作品が登場した時に、星奈は無理だなと苦笑した。
 美しいサツキのねりきりだ。ピンクと紫のグラデーションの花弁に、添えられたグリーンの葉が美しい。
みんなから称賛の声が上がる。
「かわいいー」
「きれーい」
美優はぱっちりした目をくるくるさせて、ニンマリしながら満足げだ。
刻んでしまうのが惜しいと思いながら、星奈は黒文字で一口切り取り、口に入れる。(優しい味だ)
星奈だけが美優の夢を知っていた。彼女はこの高校を卒業したら、京都へ和菓子の修行に行くつもりなのだ。そして和菓子職人になりたいらしい。(美優ならきっとなれる)
星奈は小さな美優の身体に、大きなしっかりとした夢が詰まっていることが羨ましかった。
身近にいる小柄な人たちは意志が強く、将来への展望がはっきりとあるような気がして、自分の背ばかり高く、凡庸な中身にため息をついた。
それでも自分の透明な水まんじゅうを見てよい出来栄えに満足をした。
 
奈保子は完璧主義が故、家事などの手伝いを星奈にも、もちろん修一にもさせることはなく、一人で計画的に素早く行っている。
子供心に母親を手伝いたい気持ちが常にあったが、奈保子にはその隙も余裕もな
かった。
しかし修一が医学部に合格し、二年に上がると家庭も落ち着きを取り戻した。今の星奈なら、奈保子に教えてもらうことなく、家事の手伝いができる。
本格的に夕飯を作ったことはないが、学校で習った身体に良さそうな菓子を作ると奈保子は喜んだ。
学校の課題だからと、作れるものを増やしながら、奈保子に星奈も出来ることがあることをアピールしていった。
今日の授業は和菓子作りとその発表だ。クラスメイトの半分が作り、半分は審査員となる。
星奈は葛粉を使って『水まんじゅう』を作ることにした。
――中学時代。部活の茶道で、暑い夏に透明の涼し気な和菓子が出てきた。
「今日はお濃茶のお点前をしますから、少しお腹にボリュームがあるお菓子を食べましょうね」
池波静乃がにっこりと、保冷バッグを岸谷京香に差し出した。
「まあ。静乃先生。これを持っていらしたんですか?私が取りに行きましたのに……」
顧問の岸谷はオーバル型の眼鏡を直しながら、バッグの中の氷水と一緒に詰められた、十個ばかりの水まんじゅうを眺める。
「よく冷えている方が美味しいですからね」
暑い中、高齢の池波静乃が自分で和菓子屋に買いに行き、良く冷やしたうえで運んできたのだ。
彼女の、例え中学生が相手だろうとも、気配りやもてなそうとする心遣いに、部員一同頭が下がる想いだった。
濃茶は、いつもの稽古で点てている薄茶と違って、人数分をまとめて入れるもので相当濃く、まさに練られた茶だ。
上等な茶葉を使うので、味が苦くなっているわけではない。ただその濃度ゆえに胸やけを起こしたり、飲みなれてないものは胃が痛くなるそうだ。
部員たちは、濃茶にも興味を示すが、地元の銘菓であるはずの『水まんじゅう』に、興味津々だった。今の時代、和菓子を食べる習慣があまりないのだろう。
名前を知っていても食べたことがあるのは、七名いる部員の中で新田美優のみだった。
新田美優も同じ高校に入学し、クラスも食物を専攻しているので星奈と一緒だ。茶道部からの付き合いだが、気が合い親友になっていた。
美優は進路を決めるとき、星奈と同じところに行くと言い、ついてきたような雰囲気だった。
星奈から見ると美優は勉強も運動もよくでき、美術も得意で、何でもできるイメージがあり、同じ高校を選ぶとは夢にも思わなかった。
星奈が思うくらいなので勿論、美優も担任と家族に、よく考えるようにと言われたらしい。
しかし頑固な彼女は、この家政科以外なら高校に行かないと頑として譲らず、今に至っている。
作業を終えて発表する時間がやってきた。
星奈は上手く透明になった水まんじゅうを、クラスメイトの審査員たちと教師に差し出した。プルプルとした冷たい触感を嫌う人は少ないだろう。
食べている姿で、好感触を得ていると思い星奈はほっとしていた。水まんじゅうの前にも、みたらし団子やどら焼きなど出されていたが、ひょっとして一番になれるかも?と言うくらいの良い反応だ。
しかし最後の作品が登場した時に、星奈は無理だなと苦笑した。
 美しいサツキのねりきりだ。ピンクと紫のグラデーションの花弁に、添えられたグリーンの葉が美しい。
みんなから称賛の声が上がる。
「かわいいー」
「きれーい」
美優はぱっちりした目をくるくるさせて、ニンマリしながら満足げだ。
刻んでしまうのが惜しいと思いながら、星奈は黒文字で一口切り取り、口に入れる。(優しい味だ)
星奈だけが美優の夢を知っていた。彼女はこの高校を卒業したら、京都へ和菓子の修行に行くつもりなのだ。そして和菓子職人になりたいらしい。(美優ならきっとなれる)
星奈は小さな美優の身体に、大きなしっかりとした夢が詰まっていることが羨ましかった。
身近にいる小柄な人たちは意志が強く、将来への展望がはっきりとあるような気がして、自分の背ばかり高く、凡庸な中身にため息をついた。
それでも自分の透明な水まんじゅうを見てよい出来栄えに満足をした。
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