グラデーション

萩原 歓

22 青と白

 五時五分前に保育園に到着した。
園の門の前で少しネクタイを直して髪を撫でつけた。
お迎えの母親たちがぽつぽつと現れはじめ、正樹をちらちら横目で見ていった。(不審者に思われたりはしないかな)
 少し心配になり、もう少し遠ざかったところで☆乙女☆を待つことにした。


 騒めいた人混みの集団が、保育園から出てきた。
四十代から五十代くらいの女たちの中に☆乙女☆が混じっているのが見えた。


「おと……片桐さん。」
 正樹は☆乙女☆の本名を呼んだ。
ハッと驚いて☆乙女☆は正樹を見つめた。
「姫。どうしたの」
「あの。会いに来た」


 ☆乙女☆の周囲を取り囲んでいた女たちが口々に言う。
「星奈ちゃんの彼氏?」
「可愛いじゃない」
「何々デート?」
 正樹と☆乙女☆は、まるでゲーム内の敵種族に取り囲まれたような気がして、少し緊張した。


 正樹は意を決して、一番年長者らしい女に自己紹介をした。
「初めまして。いつもお世話になっています。僕は婚約者の田辺正樹と言います」
「あ、ちょ、ちょっと」
 慌てた☆乙女☆は言葉がでなかった。


「まあ星奈ちゃん。これが話してた彼ね。良さそうな人じゃない」
「そろそろ彼氏のとこいってあげなさいよ」
 また口々に言い始めた。
 ☆乙女☆は
「あ、はい」
 と小声で恥ずかしそうに言う。
「じゃあまたね」
「お疲れ様」
 女たちは歩き出し、ちらちら正樹を見ながら色々話し、立ち去った。


 はあっと☆乙女☆は息を吐きだした。
 正樹は
「ごめん。いきなり」
 と、謝った。
「ほんと、びっくりした」
 今はもう☆乙女☆は安堵の表情を浮かべている。
「会いたくて」
「ん。嬉しいよ」


「これ」
 正樹は白薔薇を差し出した。
「綺麗ね」
「だろ」
「白い薔薇は姫にとてもよく似合ってる」
「乙女に渡すために買ったのに。可笑しいよな」
「ううん。姫をもらう感じがして嬉しいよ」
「そ、そうか」


 白い薔薇を愛しそうに見つめながら☆乙女☆は言う。
「姫は最初から最後まで『姫』で居て欲しい。あの銀白色の綺麗な兎みたいに」
「渋いおっさん目指してるんだけどな」
 くすっと☆乙女☆は笑った。
「渋いおじさんはいっぱいいるけど姫は他にいないよ」
 そういって恥じらいながら俯いた。
 正樹は照れ臭くて、上を見ると澄みきった空に、白いハーフムーンが浮かんでいた。(乙女の中に俺が浮かんでいるみたいだ)


 そっと☆乙女☆の手を取って繋いだ。
いつまでもいつまでも空に月がありますようにと願いながら。

コメント

コメントを書く

「現代ドラマ」の人気作品

書籍化作品