グラデーション

萩原 歓

10 名古屋まつり

 激しい人混みをかき分けて正樹は待ち合わせ場所の『銀時計』を探す。(金と間違えるなって言ってたな。しっかし人多いな)
 名古屋まつりの影響だろうか。今まで味わった最大級の込み具合だった。(乙女、見つけられるかなあ)


 一応、lineのIDを聞いているので大丈夫だと思ったがお互いの外見の特徴を今になって何一つ話していなかったことに気が付いた。(オフ会で皆、イメージがそこまで違わなかったから分かるよな)
 ゲームの中での☆乙女☆はピンク色の妖狐で修道女のような顔も身体もすっぽりと覆った衣装を身にまとっていた。


 時計らしい物体が見えてくる。人混みの頭一つ二つとびぬけた大きさなのでなんとなく見つけられた。人の隙間から、ちらっと待ち合わせをしていそうな女がいるのが見えた。(あれか?)
 少し止まって様子を見てみる。
 黒いショートカットの丸顔でピンクの頬をしている。デニム生地のシャツに膝丈のベージュのカプリパンツをはいている。(想像と全く違ってた)
 そう思いながら正樹は女の目の前に立った。
「乙女?」
 一重だが丸くて柔らかい目をこちらに向けて
「姫?」
 と女は言った。
「うん。会えてよかった」
 正樹はほっとして笑うと☆乙女☆も嬉しそうに笑った。
「疲れてる?お茶でもしてからうろつく?」
「腹減ったかな」
「そっか。せっかくだし名古屋っぽいもの食べとくかな」
「うーん。味噌煮込みうどん食べたい」


 二人は駅を出てしばらく歩き『味噌煮込みうどん』の看板が目についたので適当に店に入った。
「お、きたきた」
「美味しそう」
「なんか色とかすごいな」
「それが結構クセになるみたいよ」
 ☆乙女☆は慣れた様子でうどんを啜った。(綺麗に食べるんだな)
 正樹は熱さと麺の太さに格闘していた。土鍋の中でまだ煮えたぎっている。
「あっち」
「いつまでも熱いからさ。気を付けて。ゆっくり食べなよ」
「そだな」


 腹ごなしをしてから二人はメイン会場へ向かった。
 戦国武将のパレードを眺める。
「うお。信長かっけー」
「あー黒田官兵衛だ」
「あの千姫めっちゃ可愛いな」
 二人は興奮して次々現れる行列に見入った。
「あ!合戦はじまるよ!」
「ほんとだ。すげえ。おもしれえ!」
「なんかリアルPVって感じだね」
「だなあ」


 まつりを愉しんだ二人は適当なファミレスに入り休憩をした。
「来てよかったよ。楽しいな。この祭り」
「うん。面白いね。また来たいな」
「戦国コスプレってカッコよかったな」
「姫は森蘭丸が似合いそうだよ」
「えー。せめて伊達にしてくれよ」
「でも姫はイメージより男っぽいんだね」
「そりゃゲームじゃ女キャラだしな。乙女はもっと女女してるかと思ってた。身長何センチあんの?」
「ちょっとおー。百六十九だよ……」
「そうか。俺と三センチくらいしか変わらないんだな」
「ごめんね。女の子っぽくなくて」


 イメージとは多少違うがゲーム内の☆乙女☆よりも、さらに付き合いやすく感じて正樹はリラックスしていた。
「なあ。またこんなイベントあったら一緒にいかね?」
「え」
「乙女といると楽しいし楽」
「なにそれ」
「リアルだと趣味合うやつとか付き合ってくれる奴って少ないんだよな」
「まあね。ちょっと距離が遠いからそんなに遊べないとは思うけどね。たまにはいいかも」
「来年もまたこのまつりは来てみたいな」
「うん。お互いに誰も行く人がいなきゃ一緒にこようか」
 日が落ち始めるまで二人はイベントを愉しんだ。帰りがけに☆乙女☆はインスタントの『味噌煮込みうどん』を渡してくれた。
「じゃ、またね」
「KRでねー」

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