フォレスター

萩原 歓

18 クリスマスイブ

 クリスマスイブだ。
 市内でも高級なレストランを予約しておいた。
シックな飾りつけをされた本物のもみの木の落ち着いた雰囲気がより高級感を演出する。
白いわたの上の華奢な金色のチェーンと十字架を眺め、待っていると白いコートを着た里佳子が高いヒールでしなやかに歩きながらやってくる。


 店に入りコートを脱ぐと、花柄の淡いピンク色のワンピースがふわっと揺れ薔薇の甘い香りがする。
 彼女は手入れされた花のようだと思いながらエスコートした。
 真っ白なテーブルクロスにキャンドルが灯り優しく揺れる。
楽しく過ごせますようにと炎に直樹は祈った。


 デザートを食べ終えて直樹はテーブルの上に小さなリボンのついた箱を置いた。
「これ。欲しがってたやつ。えーっとどこだか忘れたけど、新作のルージュ」
 里佳子はふっと笑って小箱を手に取った。
「ほんと。直樹は気が利くわよね」
 箱を色々な角度から見つめて愛しそうに撫でる。
そしてバッグからその小箱よりもう一回り大きな箱を出して同じようにテーブルに置いた。


「私からも。……最後のプレゼント……」
「ありがとう」
 直樹も箱を手に取った。大きさの割に手にずっしりとくる。
「なんだろう」
「開けて。私も開けるわ」


 細いオーガンジーもリボンを取り光沢のあるブルーのラッピングペーパーを外し中身を取り出した。
「香水か」
「ん。シャネルよ。『エゴイスト』」
 ニヤッと笑う里佳子に直樹もつられて笑った。
「ありがと。大事に使うよ」




 里佳子もルージュの色を眺めて
「綺麗なピンク色……」
 と、ため息交じりに言う。
 二人の将来はこのルージュのように長い間、色あせない艶やかなピンク色だと想像していたこともあった。
自分では皮肉のこもったプレゼントをしたつもりだったがこういう率直な直樹の贈り物に里佳子は遅かれ早かれ別れは来たんだろうなと納得をした。




「はあー。なんか力抜けた」
 気が付くと里佳子の目尻に涙が光っていた。
「ごめん」
 直樹は涙に気が付いてポケットから水色のハンカチをだし里佳子に差し出した。
 ひったくるように受け取って里佳子はいう。
「気が利くせに、優しくないんだからさ」
「ごめん」
「いいよいいよ。しょうがないもん。私もついて行ってあげるなんて言えないしさ」


「俺、里佳子のこと……」
「言わないでよ。私も決めたし、直樹も決めた。もうそれでいいじゃん」
 店を出て、二人はどこも触れ合うことなく「じゃあ」という言葉で別れた。
直樹は心の中で『ありがとう』とつぶやいた。


 温暖な気候で雪も降らずロマンチックな雰囲気ひとつないこの町は、それでも恋人たちの往来でクリスマスイブを主張していた。

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