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萩原 歓

16 夢

 今年一番の冷え込みを感じ、直樹はコートのポケットに手を入れた。
町のイルミネーションがキラキラと輝き、もうすぐクリスマスなのだと心を浮き立たせた。


 次のクリスマスは彼女と過ごす最後の日になるだろう。
忘年会が終わった次の日、里佳子は直樹のアパートにやってきた。
 そして初めて泊まると言い出した。


「帰ったほうがいいよ」
「なんで?いつも泊まらないの?って言うじゃない」
「ごめん」
「私のことが嫌いになったの?」
「そうじゃない」




 里佳子にも二人の終焉がやってきていることはわかっていた。
悪あがきのダメ押しは重々承知の上だ。
長く付き合ってきて、彼女は直樹のことをよくわかっているつもりだったが、認識が甘かった。
普段、自分の言うことを柔軟に受け入れて聞いてくれるのに、今回ばかりは全く懐柔されなかった。


 焦った里佳子は直樹の首に腕を絡ませてキスをしようとした。
直樹は目を閉じずに口づける彼女の顔をじっと見るが唇は開かない。
 そっと肩をつかまれ顔を引き離された。


「もう抱かないの?」
 下を向いて里佳子は尋ねた。
「そのほうがいいだろ」
 直樹は静かに答えた。
「私、帰らないから」
 強引にベッドに入って、布団を頭からかぶり里佳子は唇をかんで泣いた。




 直樹は隣に座って、彼女の呻くような鳴き声を聞きながらじっとしていた。
もう求められても何もしてやれることはないのだろう。
ただそばにいて彼女の気が済むのを待った。


 一時間ほどすると、里佳子はがばっと布団をはいで顔を出した。
「暑い」
 いつも綺麗に整えられている艶やかな髪がぐしゃっと乱れ、瞼は腫れぼったくなっている。


 直樹は冷蔵庫から冷えたペットボトルの水を取り出し、彼女に渡した。
黙って里佳子は受け取り、目を冷やした。


 少し落ち着いたのか話し始めた。
「直樹ってずっと変わらない人だと思ってた。付き合ってても結婚しても子供ができても」
 直樹の考え込むそぶりを見ながら続けて
「でも変えることがあるんだね」
 と、諦めたように言う。


 直樹自身が変わったわけでないが、里佳子が描く未来は直樹の求める未来と違ってしまっていた。
「里佳子はずっと変わらず綺麗だよ。たぶんこれからも」
 ぷっとふき出して里佳子は笑った。
「こんな時によくそんなこと言うわよね。まったく喧嘩にもならないんだから」
「ごめん」
「まあ、その通りよ。私はいつだって綺麗でいたいんだから」
 鼻声でいう里佳子の髪を直樹はブラシを持ってきて梳かしてやる。
「特に髪がきれいだ」
「ありがと。よく言われる」


 つんと顔を上に向け彼女は鼻をすすり、ティッシュペーパーでかんだ。
「さすがにもう遅いから今日はこのまま泊まる。嫌かもしれないけど一緒に寝てくれないかな」
「嫌じゃないよ」


 初めて二人は一緒に夜を過ごした。
ただ恋人としてではなく今まで一緒に時間を共有した同志として。
身体を触れ合わせることなく上を向いて少し話をした。


 里佳子は子供のころからの夢を話した。
「女子にありがちだけどやっぱりお姫様になりたかったな。もちろんハッピーエンドで末永く暮らしましたってお姫様ね」
「なりたいものって考えたことなかったな」
「でしょうね」
「里佳子はお姫様、あってるよ」
「まあね。直樹は王子様じゃなくて騎士だったのかもね。よく言うこと聞いてくれたし」
「騎士の乗る馬じゃないのか」
 二人で笑った。


「でも、やりたいことが見つかってよかったね。直樹にもそういうのがあったなんてちょっと驚き」
「うん。自分でもそう思う」
「私はやっぱり家の中を綺麗に整えて素敵な旦那様を毎日出迎えたいのよね。仕事が嫌いじゃないけど家で待ってたいのよ。なにか、じっくり煮込みながら」
「ああ、なんかよく似合ってるよ」
 ぐつぐつと大きな鍋でシチューを煮込む里佳子は容易に想像することができた。


「うち公務員でちゃんとしてたけど共働きだったから家に誰もいなくて寂しかったのよね」
 今更ながらに里佳子のきちんと躾けられた態度と、自分よりも家族を優先させる気持ちに納得がいった。
「なんか眠くなってきちゃった。寝るね。おやすみ」
「おやすみ」
 頭は冴えていたが、目を閉じて自然に眠りが訪れるのを待つことにした。

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