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萩原 歓

17 初めての朝

 朝は直樹のほうが先に目を覚ました。
里佳子はうつ伏せでまだ眠っている。
そっとベッドを抜け出して朝食の用意をした。


 トーストを焼きオムレツを作って花柄のプレートにのせていると里佳子が起きだしてきた。
「おはよ。ん?いい匂い。ご飯作ってるの?」
「うん。もうできたから座って」


 パジャマのまま里佳子は座り、目の前のオレンジジュースを飲んだ。
少し頭がはっきりしてきたのかふうっと息を吐き出して、肩を上げ下げして目をぱちぱちさせた。
「オムレツなんか作れたの?」
「まあ、一応」


 へーっと感心しながらフォークで割るととろっと半熟の部分が出てきた。
「上手いじゃん」
「ん。今朝はうまくできたよ」
 目を丸くさせて里佳子は口にオムレツを運ぶ。
「いけるいける」
「よかった」
 コーヒーを差し出しながら直樹は微笑んだ。


 珍しく食事を平らげて里佳子は「おなかいっぱい。ごちそうさま」と満足そうに言った。
「よく食べたね」
「んー、なんか、ね。おなか空いてた」
 照れ臭そうに彼女は言う。


「なんかさ。三年も付き合ってたのに直樹がご飯作れるなんて知らなかった」
「そうだっけ」
 確かに里佳子からの振る舞いを受けるだけで、直樹から与えたことはなかった。
「知らないことがまだ合ったなんてね。何でも知ってるつもりだった」
 神妙に話す彼女を直樹は静かに見つめた。
知らなかったのか知ろうとしなかったのか、今となってはどうにもならないことなので考えないようにした。
里佳子も同じ気持ちらしく「まあ、しょうがないよね」と笑った。


 食事を終え、里佳子はシャワーを軽く浴び支度をした。
今日は休日なので急ぐ必要はなかったが、てきぱきと片付け、置いてあった歯ブラシや化粧品、エプロン、マイカップなどを用意してあったエコバッグに詰めている。


「もう来ないから。なにか忘れ物してたら捨てといて」
「ん」
「最後にお願いがあるんだけど」
「いいよ」
「イブは一緒にディナーしてくれないかな。もうみんなにそう言ってあるの」
「うん。フレンチでいい?」
「いいわ」


 軽く荷造りをしてきちんと化粧をした彼女はもう『別れ』を感じさせることはなかった。
「見送らないでいいわよ」と言い「じゃあね」と手をひらっとふる。
 ハイヒールでコツコツと規則正しい音を発しながら、綺麗に歩いて去っていく。
力強い後ろ姿を直樹は見送って「さよなら」と言った。

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