フォレスター

萩原 歓

13 道

 週末に里佳子は食材を抱えてやってきた。
今夜はシチューを作ってくれるらしい。
「いい匂いだね」
「ほんとはグラタンにしたかったけど、お皿もオーブンもないしね」


 てきぱきと料理をし、同時に片付けも手際よく行っている。
直樹の視界にひらひらと彼女の華やかなエプロンが目に入る。
「さあ、座ってよ」
 テーブルに着くとフランスパンとサラダとホワイトシチューが行儀よく並んでいる。
こってりした濃厚なシチューだった。


「里佳子んちってソース濃いんだな」
「そう?こんなもんじゃないかな」
「うちは結構サラッとしてるからさ」
「まずいの?」
「いや、美味しいよ」
「そ、ならよかったけど」
 言い方がまずかったかなと思いながら彼女の顔色をうかがい、直樹はスプーンを次々口に運んで、おかわりをした。


「いっぱいあるから明日も食べて」
「うん。ありがと」
 食事があらかた終わったので直樹は風呂の湯を貯めに行こうとした。
「直樹」
 里佳子は呼び止めて
「今日は少し話ししたら帰るつもりだから」
 と、言う。


「そうなのか」
 止まって彼女を見ると
「座って」
 と、テーブルに目をやる。
「ん」
「どうだったの?林業。話してよ」
 直樹は来たなと思って飯田に話したよりも少し詳しく体験の内容をまず説明した。


 里佳子は聞きながらどんどん不満そうな顔でチェンソーで手がしびれてそんなに面白いの?怪我したらどうするの?何十年も先の木の事なんて考えてどうするの?などと口々に言った。
収入の話になった時にはさらに険しい顔になった。


「そんなんじゃ生活できないじゃない。結婚したらさあ、子供だってできるし、大学卒業させるまでにいくらかかると思ってるの?」
「ちょっと先のこと過ぎないかな」
「三十年もかけて木を育てるほうがよっぽど先じゃない」
 直樹は押し黙った。


「私たちのこと考えてよ」
 (私たちか……)飯田の言葉を思い出す。
『道が違う』


「里佳子は俺が今のところに勤めてたら満足?」
 里佳子は難しい表情で直樹を見つめ返す。
ふうっとため息をもらして彼女は立ち上がった。
「今日はもう帰る。送ってくれなくていいわよ」
 あっという間に身支度をして彼女は去っていく。
直樹は座ったままテーブルの縁の欠けた角を見ていた。

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