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萩原 歓

9 川

 よく眠った直樹は伸びをして布団から出た。
 実家を一人暮らしをするために出たが、直樹の部屋はそのままだった。
まるでいつ帰ってきてもいいよ、と言うように馴染んだ部屋は静かに直樹を受け入れる。


 時計を見ると九時過ぎで家には誰もいなかった。
父の輝彦と兄の颯介は仕事であろう。
二人は祝日が関係なかった。
慶子はおそらくボランティア活動で公園の緑化運動に努めているはずだ。


 家の外に出て少し散歩してみた。
小さな庭はきちんと雑草が抜かれ、色とりどりのコスモスが揺れている。
このコスモスは昔、輝彦が慶子に贈ったもので一年草らしいのだが慶子の手入れが良いのか毎年咲く。
どういう想いでこのコスモスを咲かせ続けるのかわからないが、植物に触れることが好きなのはやはり母親似なのだろうと直樹はピンクの花弁を眺めた。




 車に乗り込み富士山に向かって発進させた。
十分も運転するとあたりは町から山の景色に代わり『滝まで五キロメートル』の表示があり、その近くの少し広い砂利道に車を止めた。


 ガードレールを跨ぎ三メートルほど下の川のほうへ降りた。
秋の行楽シーズンのようで河原ではバーベキューを行っている家族連れが何組か見えた。
ただし川の中で遊んでいる者はいない。


 さすがに水が冷たいだろうとは思うが直樹はスニーカーを脱ぎ裸足になって水に足の裏をつけた。
(やっぱ冷たい)
ひっこめたくなる足をさらに深く沈める。
きりっと冷えた水は、直樹の足先から頭の天辺まで、突き抜けるような冷たい刺激を与えた。
冷たいが気持ちいい。


 少しだけ慣れてくるとパシャパシャと膝下まで水に浸し、川の中を散歩した。
水の抵抗は久しぶりだ。
脛を撫でるようなちょうどよい抵抗感だ。
心地よさを感じながら周囲を見渡した。


 雑木や笹や崩れた赤い山土や岩が所狭しとひしめき合っている。
しかし、どれが欠けてもおかしな風景になるのだろう。
川の中に突っ立っている自分はどうだろうと少し考えた。


 静かにしていると風が吹きさわさわと木の葉が揺れた。
目の前を真っ赤な葉っぱがひらっと舞って足元に落ち、肌に張り付いた。
拾い上げて赤い葉を見る。
カエデかモミジかわからないが炎のような赤い葉は緑の中によく目立つ。
その赤い葉に応援されているような気がして、直樹は身体の芯が熱くなってくる気がしていた。


 まだまだ考えないといけないことが多いが、心は決まった。
自分で決めたことが嬉しくなり、しばらく冷たい川の中で直樹は派手な音を立て歩いていた。

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