フォレスター
8 慶子
九月の連休が長かったので、兄の颯介にうるさく言われる前に実家に帰った。
母の慶子は控えめだが喜びを瞳にこめて直樹を出迎える。
「三日くらいいられるの?」
「んー。二日くらいは泊まれるかな」
「そう?颯介が寂しがってるわよ」
慶子は自分の気持ちを誰かと挿げ替えて言うことが多かった。
彼女は自分自身がこう思っている、と主張したことを直樹は聞いたことがないように思う。
きっと自分はそんな母に似ているのだろう。
静かに母と二人で過ごすと空気の流れが似ていて楽だ。
賑やかな父の輝彦も颯介もおらず、母と二人で夕飯を食べることにした。
直樹はせっかくだからと少し気取ったレストランへと誘った。
「あら、母さんそんないいとこじゃなくていいのに」
「たまにはさ。俺、親孝行らしいことろくにしてないから」
控えめだが慶子は嬉しいらしく化粧やら支度に少し時間をかけた。
小高い山の中腹にある公園内の夜景が見えるレストランは、市内では珍しくしっとりとした大人向けのレストランで、ウエイターが慶子の座る椅子を引いた。
シックで清楚な紺のワンピースを静かにはためかせ慶子は座る。
「ワインでも飲みなよ」
「いいわよ。直樹が飲みなさい。私、帰り運転してあげるから」
遠慮がちな慶子にグラスワインを注文して渡した。
困った風な顔つきをしながらも彼女は美味しそうに飲んだ。
「直樹は昔から手がかからないから、それだけでも親孝行だけどねえ」
「そう?」
笑いながら、確かに颯介のことでたびたび学校へ呼び出される母親の姿を思い出した。
ワインを飲んで少しリラックスしたらしい慶子は直樹に尋ねた。
「何か悩んでるんじゃないの?」
「悩んでるわけじゃないけどね。」
「けど?」
「このまま今の仕事続けられるのかなって」
ついぽろっと出た言葉に直樹はハッとして慶子の顔を見、
「やめるわけじゃないんだ」
と、言葉をつないだ。
慶子は優しくゆっくり
「いいじゃない。やめたって」
と、言った。
「母さん……」
慶子が自分の意思を尊重してくれていることは子供のころからよくわかっていた。
しかし直樹はこうすれば喜ばれるだろうという道を知らず知らずに選択してきていたようで、自分の意思を表面化させたことはなかった。
「颯介は言われなくてもどんどん好きなことやちゃうけどね。むしろやめてって言っても止めないわよね」
困り顔で慶子は微笑んだ。
黙って聞いている直樹に続けて
「直樹は子供のころから控えめで優しくて周りに気を使ってきたからね。やりたいことがあるなら、やりなさい。人生一回きりなんだから」
と、自分にも言い聞かせるように言った。
「ありがと」
直樹は慶子の柔らかいが力強い声を聴いて、今考えていることを実行に移そうと決心した。
「まあ、颯介と違ってあんたは頑固だからねえ。決めたら誰にも動かせないし変えられないわよね」
慶子はもう一杯ロゼワインを追加して、明るく微笑んだ。
コーンスープは滑らかで優しく美味しかった。
久しぶりに温かい食事をする気がして直樹は安らいでいた。
慶子が隣りの若いカップルをチラッと見て
「このレストラン。ウエディングもできるのよ。神父さん呼んだりしてね」
と、微笑ましそうに言った。
若い男女は幸せそうに目を輝かせて、結婚式の引き出物やら料理やら新婚旅行について、周囲に聞こえていることも気づかず夢中で話し合っている。
「ああ、そうなの。料理も美味いし、いいかもね」
「ご飯が美味しいのが一番ね」
慶子は唇を少し開き、何か言いたげなそぶりを見せたが、笑んでワインの縁に着いた薄いピンクベージュの口紅を眺めていた。
母の慶子は控えめだが喜びを瞳にこめて直樹を出迎える。
「三日くらいいられるの?」
「んー。二日くらいは泊まれるかな」
「そう?颯介が寂しがってるわよ」
慶子は自分の気持ちを誰かと挿げ替えて言うことが多かった。
彼女は自分自身がこう思っている、と主張したことを直樹は聞いたことがないように思う。
きっと自分はそんな母に似ているのだろう。
静かに母と二人で過ごすと空気の流れが似ていて楽だ。
賑やかな父の輝彦も颯介もおらず、母と二人で夕飯を食べることにした。
直樹はせっかくだからと少し気取ったレストランへと誘った。
「あら、母さんそんないいとこじゃなくていいのに」
「たまにはさ。俺、親孝行らしいことろくにしてないから」
控えめだが慶子は嬉しいらしく化粧やら支度に少し時間をかけた。
小高い山の中腹にある公園内の夜景が見えるレストランは、市内では珍しくしっとりとした大人向けのレストランで、ウエイターが慶子の座る椅子を引いた。
シックで清楚な紺のワンピースを静かにはためかせ慶子は座る。
「ワインでも飲みなよ」
「いいわよ。直樹が飲みなさい。私、帰り運転してあげるから」
遠慮がちな慶子にグラスワインを注文して渡した。
困った風な顔つきをしながらも彼女は美味しそうに飲んだ。
「直樹は昔から手がかからないから、それだけでも親孝行だけどねえ」
「そう?」
笑いながら、確かに颯介のことでたびたび学校へ呼び出される母親の姿を思い出した。
ワインを飲んで少しリラックスしたらしい慶子は直樹に尋ねた。
「何か悩んでるんじゃないの?」
「悩んでるわけじゃないけどね。」
「けど?」
「このまま今の仕事続けられるのかなって」
ついぽろっと出た言葉に直樹はハッとして慶子の顔を見、
「やめるわけじゃないんだ」
と、言葉をつないだ。
慶子は優しくゆっくり
「いいじゃない。やめたって」
と、言った。
「母さん……」
慶子が自分の意思を尊重してくれていることは子供のころからよくわかっていた。
しかし直樹はこうすれば喜ばれるだろうという道を知らず知らずに選択してきていたようで、自分の意思を表面化させたことはなかった。
「颯介は言われなくてもどんどん好きなことやちゃうけどね。むしろやめてって言っても止めないわよね」
困り顔で慶子は微笑んだ。
黙って聞いている直樹に続けて
「直樹は子供のころから控えめで優しくて周りに気を使ってきたからね。やりたいことがあるなら、やりなさい。人生一回きりなんだから」
と、自分にも言い聞かせるように言った。
「ありがと」
直樹は慶子の柔らかいが力強い声を聴いて、今考えていることを実行に移そうと決心した。
「まあ、颯介と違ってあんたは頑固だからねえ。決めたら誰にも動かせないし変えられないわよね」
慶子はもう一杯ロゼワインを追加して、明るく微笑んだ。
コーンスープは滑らかで優しく美味しかった。
久しぶりに温かい食事をする気がして直樹は安らいでいた。
慶子が隣りの若いカップルをチラッと見て
「このレストラン。ウエディングもできるのよ。神父さん呼んだりしてね」
と、微笑ましそうに言った。
若い男女は幸せそうに目を輝かせて、結婚式の引き出物やら料理やら新婚旅行について、周囲に聞こえていることも気づかず夢中で話し合っている。
「ああ、そうなの。料理も美味いし、いいかもね」
「ご飯が美味しいのが一番ね」
慶子は唇を少し開き、何か言いたげなそぶりを見せたが、笑んでワインの縁に着いた薄いピンクベージュの口紅を眺めていた。
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