風の歌

萩原 歓

13 出奔

――戦乱の最中にマサキは亡くなり、家督を長男が継いだが、そのどさくさに紛れクチナシは以前こっそり観に行った猿楽の演者と懇意になりとうとう出奔してしまう。しばらく姫がいないと騒ぎにはなったが、末の姫であるクチナシは一族になんら影響も与えることがないため、いつの間にか忘れ去られた。
 クチナシは津々浦々旅をし続け、見聞を広めついに彼女の集大成ともいえる拾遺物語を書き上げる。猿楽の演者たちにも好評で、台本になることもあり、写本を作れば旅先で売れていった。しかしクチナシの名が世に出ることはなかった。


「よいのか? 名を記さなくとも」


 ヤマブキはクチナシの顕示欲の薄さに感心しながらも、その作が己のものだと誇示したくならないことにも疑問を持った。


「ええ、良いのです。私は自分のためにこれを記したのではありませんから。世の人に色々なことを知ってもらって考えてもらいたいのです」
「ふーむ。やはり変わった女人よなあ」


 女の格好では不自由ということで男装をしているクチナシを、面白そうにしかし眩しく感じヤマブキは目を細め眺める。クチナシはヤマブキを親王であると知らず、ヤマブキもまた身分を偽り猿楽集団に交じり旅を続けている。
 ヤマブキはニシキギと共に戦うと決意を示したが、皇位継承の存続のため、ニシキギはヤマブキを都から逃したのだ。万が一ニシキギに何かあれば次はヤマブキしかいない。


 戦乱が落ち着くまでヤマブキはこの楽士たちとクチナシと共にあちこちを旅してまわる。そうしているうちにこの楽士たちはそれぞれ行く先々で妻を娶り、一緒に旅をする大きな団体になりつつあった。
 元々お互いに惹かれあっていたクチナシとヤマブキはこの一座の中で夫婦として存在していた。ヤマブキは猿楽士に身をやつしながらも旅を重ね地方の豪族とひそやかに懇意になっていく。
 数年後、戦乱が落ち着いたの後、ヤマブキは中央に返り咲き、大王となる。そしクチナシと成した子が皇太子となりその血脈を受け継いでゆく。



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