流行りの異世界転生が出来ると思ったのにチートするにはポイントが高すぎる

萩原 歓

 
 村には社が立っている。茅葺屋根の粗末なものではあるが雨露や寒さをしのぐには十分すぎる。


「ここが住いか」
「ええ。人間たちが我々を祀るためにために建てたのですよ」
「ほう。ここはまだ異国の神がおらぬのじゃな」
「ええ、ええ。小さい島ですし、海で隔たれておりますから、異国の者も相手にせぬのでしょうな」
「そうか」


 私が拠点としていた場所から比べると確かに田舎だ。建物、人間の着るものなどが私の幼かった頃と同じ様子だった。しかし、その昔ながらの様子は天様と過ごした優しい時間を思い起こさせ、古傷のように感じた。ぼんやりしているまま社に通され、人間が奉っていた卵と絞めた鳥が目の前に出される。


「どうぞ、召し上がってくだされ」
「ん、あ、ああ」


 一口肉をかじり取る。そこで初めて『味』というものを感じる。


「いかがです?」


 若い犬が尋ねてくる。


「う、む。なんだか不思議だ。旨いと思う」
「そうですか! そうですか! よかった!」
「お前たちはいつもこのようなものを食べているのか」
「え、ええ。わしらは人が生みし一族で人に養われています」
「なるほど」


 犬神たちは人間の手によって呪詛のために生まれ、信仰の対象になっている。


「だから、己で狩ることなく私の食べ残しを食らっておったのか」
「ええ、わしらは狩りをしたことがないんです」


 人間が育てた家畜の味というものを知る。人の手により世話をされ肥やされた家畜の味はなんとも旨い。噛んだ時の柔らかな弾力。たっぷりの脂身。肉汁の多さ。
 ただ野生の動物と違い命の霊力が少ない。そのため量を食べる必要を感じた。しばらく滞在し、もてなされた後再び、大きな河を飛び越え本土へと戻る。


 行く当てのない私は適当に山々をぶらつき、ふっと元いた山へ帰ってみることにした。あの若い犬の望郷の念が移ってしまったのであろうか。高い山も低い山もさっと飛び越えてあっという間に天様と過ごした山に着く。


「こんなに小さな山であったのだろうか」


 昔はこの山が全てであり広々とした世界であったが、今、外の世界から帰ってくるととてもこじんまりとした山であった。それでも懐かしく心地よさを感じる。


「これが故郷か」


 山を一回りするのも一瞬であった。めぐっている最中に小さな村が出来ているのを見つける。そこでは珍しく異郷の神が祀られておらず私にとって居づらい場所ではなかった。更に良いことに家畜が豊富であった。犬神のところで家畜を食らったおかげで私は命の霊力よりも味に魅せられており行く先々で家畜を食らった。


「ここで落ち着くことにするか」


 私は腹がすけば鳥と卵を食べた。勿論食べ散らかすことはせず、骨まで綺麗に残さず食べる。村人たちは最初は全く気付かなかったが、さすがに増えない卵といつの間にか数羽になっている鳥に異変を感じた。見張りが置かれるようになったが私にはどうということはない。音を立てるどころか姿を見せることもないからだ。


 ある日の真夜中、焚火を囲み見張っている男の前で、白い卵を宙に浮かせる。


「た、卵が、浮いてる?」


 卵に顔を近づけた瞬間にその卵を飲みこんで見せると男は腰を抜かした。


「ひっ! 消えたっ!」


 村人を驚かせることが面白く、ただ家畜を食べるだけでなくいたずらもする。牛を食べた後、さすがに骨が固く食べる気がしなかったので組み立てておいてやった。村人がその骨だけになった牛の前にやってきた時に、風を吹かせばらばらと崩れさせる。


「ひいいいっ!」


 慌てふためくさまは愉快だ。大きな家畜を食べるとしばらく腹が減らないので、村人たちをからかった。暗闇の中にぼんやり灯りをともしたり、笑い声をたてたり。こうしてなんとなく日々を過ごしていると、恐れる村人たちはとうとう村の若い娘を生贄に差し出してきた。
 日暮れ時、狭い村の真ん中にムシロを引き、白い着物を着せた娘を座らせ、空に向かって村の長が叫ぶ。


「どうぞ! この娘を差し上げます! お願いですから、どうかお怒りを鎮めてください!」


 私は何も怒っておらず、ただの暇潰しであったが、彼らにとっては恐怖でしかなかったようだ。ムシロの上に座っている青白く華奢な若い娘を眺める。


「人間か。旨いのであろうか」


 せっかくなので頂いておこうと、私は風をまといチリを巻き上げ姿を消して、娘の後ろから腰の帯を噛んで持ち上げ連れ去った。
 後ろの方で「どうか! お鎮まりください!」と口々に叫ぶ声が聞こえた。


 寝床にしていた洞窟に娘を運び込む。娘はガタガタと震え身体を小さく小さく丸め込んでいる。どうやって食らおうかと姿を見せないまま私はその娘の周りをくるくる回る。どうせなら美味しくいただきたい。村人たちの家畜を食べる様子を思い出す。確か鳥は絞めた後よく水で洗われていた。村人たちは家畜の血を啜ることはない。そう思うとやはり人間は愚かだと思う。血潮にこそ霊力があるというのに。私は血潮ごと食らうつもりなので娘を綺麗に洗うだけでよいであろうと考えた。更に自分で洗うのは面倒であるので娘自身に洗わせることにした。
 もう一度娘を、今度は襟首を噛んで持ち上げ、近くの小さな滝へと運ぶ。


「あれえっ!」


 娘の悲鳴はもちろん無視して、滝の前におろす。ごつごつとした岩肌の上で娘は様々に変わる場面に真っ青な顔をして身体を抱きかかえている。
 さて、と私は娘の耳元で囁く。姿はまだ現せていない。現したところで娘はこちらを見る余裕などないであろうが。


「着物を脱いで、そこの滝で身体を洗うのだ」
「ひっ!」
「早くしろ」
「は、はいっ」


 娘は震える手で帯をほどき着物を脱ぎ丁寧に畳んでから浅い滝つぼに向かい、零れ落ちてくる水に手を差し出し水をため顔を洗う。足から腕からごしごしと洗っている。洗い終えた後、長い腰まで垂れた髪の水を絞りながら両手でおずおずと身体を隠し元の場所へ帰ってきた。


「そこへ横たわるがよい」


 無言で横たわる娘の全身を眺める。あばらが浮き、筋張っており肉付きが良くない。肌艶も今一つだ。


「うーむ。これは美味いのであろうか?」


 ぶるぶる震える娘をとりあえず食らってしまう前に味見をしてみようと、身体を舐めてみることにした。

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