流行りの異世界転生が出来ると思ったのにチートするにはポイントが高すぎる

萩原 歓

 黄昏時、日が沈みかける前に神社に行き、賽銭箱の前で柏手を打った。


「現れますように!」


 ぎゅっと目を閉じると、やはり眩しい光を感じ、そっと目を開けた。


「はあー、良かったあ」


 麗しいお稲荷様がクールな面持ちで現れる。人外もいいなあと、貴公子から目移りしかける。たっぷりした美しい毛並みのしっぽがふわふわと揺れている。


「300ポイントたまっているようだな」
「やっぱり!? ここのところすっごい頑張ったんですよ!」


 私は朝早く出社して、掃除をし、後輩に親切にして、先輩の指示をきちんと守って仕事をした。ぶつかってきた人に怒らず笑顔で大丈夫ですよと言い、小銭を落として探しているおばあさんの手伝いをし、近所の人に挨拶もし始めた。


「では人間に転生させてやろう」
「はあー、いよいよー! 身分は低くていいです。苦労したくないし」
「身分? そのようなものはない」
「え? ないんですか? まあ、いいか。異世界で溺愛だけでも……」
「お前は農夫になり田畑を耕すことになるだろう」
「えっええっ? ちょ、ちょま、って、農夫? やだやだ! 溺愛もないし、農夫って男?」
「そうだ。それが叶えられるポイントだ」
「ええ~。がっかり……」


 300ポイントというのはどうやら人間になるということくらいが叶うようだ。農夫じゃ今の生活のほうがいいかもなあ。


「あのー。私の望む通りに転生しようと思ったら何ポイント必要でしょうか?」


 詳しい設定を話すとお稲荷様はすぐさま計算を終えて「1200ポイント」だと教えてくれた。


「1200かあ……」


 この1週間で150ポイントを貯めることが出来た。残りは900ポイント。


「6週間……」


 二か月かからずに希望通りの転生ができるのだ。


「どうする? 転生するか?」
「いえ! また貯めてから来ます!」
「そうか。ではさらばだ」


 ハッとするともう消えている。私はよーしとファイトを燃やす。
 6週間、死ぬ思いで頑張った。嫌なこともいっぱいあったが笑顔で乗り切る。これできっと1200ポイント貯まったはず、と神社に参る。
 柏手を打つとお稲荷様が現れた。もう三度目なのでびっくりはしないが、やはり麗しい。


「目の保養目の保養っと。どうか希望転生お願いします」
「ふむ。まだ足りぬ」
「え? た、足りない? うっそ!」
「今、ちょうど1000だ」
「1000かあ」


 どうやら一定のポイントを貯めると上がりにくくなるらしい。これ以上どうすればいいんだろう?時間をかけるしかないのだろうか。


「しかしこのポイントであれば、庶民の娘に転生し、働き者で誠実な庶民の男と結婚できるであろう」
「庶民同士……」


 その条件の転生ならどうなんだろう。した方がいいのかな。もっと貯めたほうがいいのかな。なんだかどうすればいいのか途方に暮れているとお稲荷様が声を掛けてきた。


「お前は転生が望みなのか。それとも愛されたいのか。現世によほど不満があるのか」
 そういわれるとどうなんだろうと自分でもよく分からなくなってきた。ここのところ大きな不満はない。なんだか後輩がよくなついてくるし、先輩は可愛がってくれている。
「なんか、今、いい感じかも」
「ならば転生の必要はなかろう」
「そう……かも」
「フッ」
 初めて優しく微笑むお稲荷様の顔がとても美しいのでうっとりと見惚れてしまう。ああ、こういう麗しい人に溺愛されたいのよねえ。


「でもこれからもいいかどうかわからないし、誰かに愛されるかどうかもわからないし」
「お前は見合いをするのだろう?」
「え、あ、そうです。よくご存じですね……」


 確かに先日、課長からうちの息子に会ってみないかと言われている。


「今のお前なら、これから出会う男に愛されるだろう。――それはお前が積んだ徳のおかげでもある」
「徳?」
「そうだ。皆、お前を愛している」


 今の人間関係が良好なのは徳のおかげだったのだと納得するし、これが人から愛されている状況なのだと理解もできた。


「でも、なんていうか。ちょっと私の思ってるのって徳じゃないというか。転生いいなーって思ったのはやっぱり無条件に愛されたいっていうか。ぶっちゃけると男の人に――可愛がられたいなーって。ごほんっ、か、身体ごと?」


 さすがにらぶえっちという言葉は控えた。


「なるほど。確かにその想いは現世では永続的には叶えられにくいであろう」
「でしょ? 一瞬だってそんないい想いできたらって――女子の秘められた憧れなんですよ」
「転生先ではお前の望む通りになるだろう。なぜならお前以外は設定されているからだ。つまり永遠にお前を溺愛し続ける」
「す、すごいですね! やっぱ転生しようかなあ」
「ただし、お前はお前だ。お前は変わることがあるかもしれない」
「それって、つまり――」


 溺愛してくれる人を好きじゃなくなっても溺愛され続けるってこと?嬉しいけど怖い。相手が絶対変わらないんだったら私も変わっちゃいけないよねえ。というか変わっても環境変えられないってことなのかな。話していて転生への気持ちも薄れてきた。


「うーん。どうしよう」
「ポイントは一度貯めれば減ることはない。好きに使うがよい」
「あの、転生以外にも使えるんですか?」
「もちろんだ。現世での願いにももちろん使える」
「そうなんだ」


 薄闇の中でお稲荷様は輝きながら佇んでいる。私の変な願いや、思いをどう思っているんだろうか。人外には特に興味がわかなかったけど、これだけ綺麗な人外に愛されるのもいいなあとふっと想像し、ちらっとお稲荷様の顔を見ると目が合ってしまう。やばい。今恥ずかしいこと考えたのがばれてしまっただろうか。


「あ、すみません」
「構わぬ。人の欲望には慣れている」


 恥ずかしくて顔があげられない。お稲荷様と……。この願い叶うかな。言ってみてダメだと言われたらもう転生しちゃおっかな。


「あの。あなたに愛されるには何ポイント必要でしょうか?」
「――」


 言わなきゃよかった。じいっと見つめられて恥ずかしすぎる。


「愛すると言うのは語弊があるだろう。私と交わりたいのだろう」


 直接的に言われてやっぱり後悔する。


「先のこともわからないし、転生先でもわからないし――でも、神様に一度でも愛されたら、あ、身体だけでも、それをおかずじゃなくて思い出に過ごしていけるかなって」
「フッ。お前は面白いな。そのような願いを持たれたのは初めてである。ちょうど1000ポイントでその願いは叶えられるだろう」
「えっ!? 叶うんですか?」
「叶えられる。ただ今宵限りだが。お前の好みの設定も言うがよい」
「え、えっちの設定!」


 あまりの衝撃に一瞬我を忘れそうになった。この綺麗な人外のお稲荷様と好きなシチュエーションでえっちができるんだ。たとえ一晩限りでも!


「この姿が異様に思えるなら変えてやってもよい」
「い、いえ。そのままで結構です」


 設定のことなど頭が真っ白になり思い浮かばない。お稲荷様はじっと静かに待ってくれている。

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