恋する天然酵母

萩原 歓

12 予感

 ゴールデンウイークはやはり一緒に過ごすことが出来なかった。


その後から、弘樹がフミをデートに誘っても身体を重ねようとしなくなった。付き合い始めのころのデートに戻ったようで、触れ合うことなく時間が過ぎていく。帰り際にあったキスもいつの間にかなくなっていた。


 フミは胸騒ぎを覚えたが、何も言えず弘樹のそばにいることにしがみつくような日々を送っていた。ここのところ快晴続きで、ゆっくりデートが出来なかったことも不安に繋がっていく。


久しぶりに美里の店『アダージョ』を訪れた。最近知名度の上がったこの店は客が増え、美里は忙しそうに接客をしている。


邪魔してはいけないと思いフミは少し商品を眺めて店を出た。手持無沙汰で空を眺めて、早く梅雨入りしますようにと願った。


 念願の梅雨入りだが相変わらずの空梅雨で、今週やっと朝から雨が降るようだ。弘樹の仕事が全くなくなるのもよくないと思いつつ、ゆっくりあって抱きしめてほしいと願っていた。


 休日の早朝、弘樹から『午後から会おう』とメールが来た。久しぶりに気分を高揚させフミは今か今かと弘樹を待っていた。


「お茶しようか」


と、弘樹は喫茶『パトス』に誘った。フミは言われるままついていく。奥の窓際の席に着き二人でコーヒーを注文した。


届いた薫り高いコーヒーを一口飲むと、弘樹は落ち着かなさそうに窓の外とフミをちらちら交互に見る。なんだかフミは居心地の悪さと既視感を感じる。弘樹はやけに指先をもてあそんでいる。


「あの、どうかしたんですか?」


 フミが尋ねると弘樹は「ん。いや……」 言葉を濁す。


 フミはある予感が胸に沸いた。


(また、だめなんだ……)


下を向いて弘樹の最後の言葉を待った。


「これからの事なんだけど」


 涙が溢れてきて視界が滲む。静かに聞こうと思って声を出すまいと堪えた。


「俺たちさ……ん?」


 弘樹がフミの涙に気づき言葉を止めた。


「フミ。どうしたの?」


「平気です。ちゃんと聞いてます」


 そういうと同時に嗚咽が漏れ始め、誰から見ても泣いている女になってしまった。


「……ご、ごめんなさい」


 これ以上ここで話ができないと判断した弘樹は、店を出て車にフミを乗せた。


「姉貴の店にいくか……」


 しゃくりあげているフミを『アダージョ』まで運んだ。


 雨のおかげか客は誰もおらず美里が商品の整頓をしてた。


「あら、いらっしゃ……、どうしたのよフミちゃん」


「あ、こ、こんにちは」


「姉さん、お茶くれない?」


「あ、ええ」


 目を真っ赤にしているフミはなんとか挨拶をして、弘樹にすがりついた様な形でカフェの席に着いた。優しい香りが流れる紅茶を美里は運んできたが、弘樹にきつい一瞥をくわえて奥に黙って引っ込んだ。


「いきなりどうしたの? 何かあった?」


 弘樹の問いかけに、心の中でこれからあるんですと思ったが、首を横に振って「すみませんでした」と弱々しく答えた。


うーんと弘樹は唸ったが意を決したように話を始めた。


「なかなかゆっくり話せないから言える時に言わないとね」


「はい」


 一泣きしたので落ち着いてフミは弘樹を見据えた。


「結婚しよう」


――え?


「あ、あの。なんて」


「結婚しようって言ったんだ。嫌?」


「そんな。嫌なんて、全然嫌じゃないです。すごく……すごくうれしい」


 また涙がぼろぼろとこぼれだした。


「あーああ。今日はどうしたの。よく泣くねえ」


 優しい指先で弘樹はフミの目をぬぐった。


「私、あの、別れ話をされるとばっかり思って……」


「えっ。なんでまた……」


 弘樹は珍しくぎょっとした表情を見せる。


「最近もう触れてくれないし。飽きたのかなって……」


 弘樹は真顔で「ごめん」と謝り弁解のような説明を始めた。


「ちょっと大きな声じゃ言い辛いけど俺ね。フミと身体の相性がすごくいいと思ったんだ。でもやってばっかりじゃ身体目当てだと思われそうでさ。しばらく我慢した」

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