太陽の申し子〜竜に選ばれた少年の旅物語〜

日孁

勇者 セルジュ・ブラント

「勇者様、一度ヘヴィ大洞窟へ潜ってみては?」


 僕は勇者だ。
 ただ、なりたくてなった訳じゃない。
 あれはほんの数ヶ月前、僕はこの超巨大都市国家ギリュアリュに来ていた。別に大切な役目を受けたとかそんなんじゃなく、本当に単なる観光のつもりだった。そこで協会の方でイベントみたいなものがあるって小耳に挟んだから、いっててみたんだけど……そりゃ、協会がやるんだから普通の祭りてかじゃないよね。
 行われていたのは、簡単に言うと聖剣の持ち主探し。ほら、聖なる剣は選ばれた者にしか抜けないとかいうあれだよ。選ばれた者はその場で勇者。
 もう分かるでしょ?
 僕が選ばれたんだ。
 目の前で屈強な戦士たちがどれだけの力で引き抜こうとしても抜けなかったのに、こんなひ弱そうな僕が呆気なく抜いちゃうもんだから周りの人達はみんな驚いてたね。もちろん、ついに勇者が現れたってのもあるんだろうけど。
 なんて言ったって僕自身が一番驚いた。いや、確かに少しぐらい鍛えることはあったけどさ。参加している人の中に同じような見た目の子も少なからずいたからね。
 あの時の感覚というか感触はまだ覚えている。手に持った瞬間になんとなく分かったんだ。
 なにはともあれ、それで僕は今勇者だ。
 でも、元が田舎国家マルマ国のさらに辺境のエオヴェ村に住んでたただの農夫。戦闘技術なんてもちろん、読み書きなんてのも怪しかったりした。
 だからこのギリュアリュの中にある学校で数週間習ったんだけど、もうこの国で日常的な生活をするのに困らない程度には理解出来てきた。読み書きが怪しいと言っても観光で来るのに少しは勉強してたからね。とはいえ、戦闘技術なんてのはそうそう簡単に身につくようなものじゃない。
 稽古をつけてくれている先生には太鼓判を貰ってはいるけど、自分の中ではまだまだ弱いと自覚している。だからこそもっと頑張らないと。
 そう思っていた矢先、先生からふと思い立ったかのように言われた。


「ヘヴィ大洞窟ってあの……僕なんかでも大丈夫ですかね」
「ええ。深くまで潜らなければ強い魔物も出ないでしょうし、私もついていきます」


 ヘヴィ大洞窟はこのギリュアリュの近くの洞窟だ。大洞窟と言うだけあって内部はかなり深く、未だかつて制覇した者は一人もいないとさえ言われている。そんなヘヴィ大洞窟だけど、僕が少し嫌がっているのは別に深いからという単純なものじゃなく……


「【王種】が……」
「パーンクァフルですか。それこそ本当にいるのかハッキリしてませんし、目撃したなんて報告聞いたこともないですけどね」


 ……でもそれって目撃した人が帰ってきてないことにもなるんじゃ?
 先生は僕が考えていたことをなんとなく察したようで、


「では念の為に空間魔法の扱える者を手配しましょう」
「空間魔法……! いいんですか?」


 空間魔法を扱える人は希少で、戦争時ですら滅多に戦場へ駆り出されないと聞いたことがある、そんなすごい人を僕なんかのために……という意味での質問だけど。


「勇者様に何かあってはいけませんし、許可は降りるでしょうね」


 ─数日後─


 「初めまして勇者様。シス・ニーマスと申します」
「よ、よろしくお願いします。セルジュ・ブラントです」


 未だにこの名前は慣れないな。何故って、家名なんて元はなかったからだ。それだと箔がつかないでしょうと付けられた。
 ニーマスさんはいかにも魔法使いって感じだな。ローブを身にまとっている。持っている杖の先に緑色の球がついてるけど、一体。


「それではすぐに出発しましょう」
「はい」


─────────────────────────


 洞窟の中は暗く、ジメッとしていた。
 ここで数日間も過ごす冒険者の人たちって凄いんだなぁ。と再認識する。
 そんなことを呑気に考えていると先生が手を挙げた。魔物を見つけた時の合図だ。すぐに身構え静かに寄る。


「あれは、ゴブリンですね。数は3体……勇者様」
「はい」
「まずはお一人でやってみてください」


 勘づかれないように声を潜めての会話だ。


 ゆっくりと近づく、ゴブリン達は背後をこちらに向けて気づく気配もない。剣をかまえ、今にも切りかかろうとした時だった。


(お前は……勇者か?)
「え……!?」


 突然の事で思わず声が出てしまった。
 ゴブリン達は僕に気づいて逃げていく!
 しまった!


「待てっ!」
(待つのはお前だよ、選ばれし勇者。)


 まただ。
 頭の中に直接語り掛けてくるその声は気味が悪い。まず声そのものが人間のそれとは違う。
 こう、地面を這うような……気分が悪くなる。
 そして声と同時に地面に縫い付けられたかのように僕の体が動かなくなる。


(勇者とは、なんだい。今のように悪さをしていないような者を狩る者か? ふん、そんなものたかが知れてるね。)
「でも、魔物で」


 バカか僕は!
 得体の知れないやつ相手になんで話なんかを!


(魔物はすべて悪。なるほどね、古き意味合いを知っているならばそれも間違いではないだろうさ。だけど、お前のそれは単なる、弱者を甚振る行為だ。そんな者が勇者を名乗るんじゃないよ。)
「……」


 黙るしかなかった。弱者を甚振る行為、そう言われて仕方がない。なにせ、その通りなんだから。


「……勇者様? 一体何をして?」


 先生達が不思議そうにこちらを伺っている。聞こえてないのか? この声とも言えない声が。


(なるほど。あいつらが原因かい。ならばここで消してしまう方が早いかね。勇者であるお前は我々にとっても重要な意味合いを持つ。そんな者を誑かす愚か者に生かす価値なんてない。)
「や、やめろ!」
(じゃあどうするつもりなんだい?)
「僕が……説得する」
(そうかい。無理なら即刻この場で処刑だよ。)


 実際、この声の主には逆らえないだろう。
 どこから話しかけてきているのかすら分からないし、姿も見えないけど、今の僕にどうこうできる相手じゃないってことぐらいはわかる。


 とぼとぼと歩いて2人の元へ近づく。


「一体どうなされたのです?」
「突然叫んだりして……心配しましたよ」


 そうか、2人には聞こえてないもんね。
 だから僕が説得するんだけど、


「ここで狩りをするのはやめよう。いや、無闇矢鱈に生命を奪ってはいけない! 僕は……勇者なんだ」

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