契約少女の復讐譚
第2話
その日は突然訪れた。
屋敷の人間ははほとんど部屋で静かに眠っている。
屋敷中が静寂に包まれたある日の真夜中。
私は外から聞こえるガシャガシャという音で目が覚めた。
「何?外が騒がしいわね」
外を見ようとベット近くの窓をあける。
「何よこれ…」
眼前に広がる景色に呆然と呟く。
屋敷につながる道を歩く大量の騎士。皆手には松明を持ち、その明かりが闇の奥深くまで長く続いている。
その騎士たちが掲げる旗には王家の竜の家紋がある。つまりは王家が関係しているのだろうか。
「もしかして父様なら…」
突然家にドンッドンッと、ノックにしては大きすぎる音が一階から聞こえる。ノックにしては荒すぎる。
もう一度外を覗くと、騎士たちが扉を斧で壊しているようだ。
こんな状況おかしすぎる。みんなを起こさないと!
急いで廊下に出ると、大声を出し扉を叩き、皆を起こす。目覚めた人は異常な音を聞き、寝巻きのまま廊下に飛び出てくる。
廊下の角を曲がったところで何者かにぶつかる。私は思わず尻餅をつく。
見上げると父様だった。しかし雰囲気はいつもと違う。顔は見えないが、近くにいるだけでさ殺気によって動くことができない。いつも、私を叱り付けるときとは桁違いの恐怖で動くことができない。
父様は私を抱き上げ立たせる。
「父様これは?」
「分からん、私は下に行くからお前は母さんたちと逃げなさい」
「そんな大袈裟じゃ…」
その時下からバキバキッと音が鳴ると、ガシャガシャと足音が大量に聞こえて来る。
「数が多いな…」
父様はそう呟くと階段を降りていってしまった。わけが分からずぼんやりと立っていると、下の階から父様の怒声と剣戟音が始まった。
嘘、なにこれ…父様が戦ってるの?
足がガクガクと震え始める。
心臓を掴まれたように息苦しい。
私死んじゃうの…?
そんなの嫌!!
バシッと自分の両頬を叩くとまずはレオの部屋に走った。
レオは自室の前で不安げに当たりをキョロキョロとしていた。私の姿を見つけると急いで駆け寄る。
「姉様、何かあったの?」
「わからない…とりあえず今は逃げろって父様に言われたの!」
レオの腕を掴むとまた廊下を走る。レオも最初は訳が分からないといったふうだったが、だんだんと状況を理解したのか全力で私の後について来る。
足音はいつのまにか二階にまできているようだ。父様がいくら強いといっても、何人か通してしまうのも仕方ないかも…
私達は小さな体を生かし隠れながら母様の部屋に向かう。そのせいか少し時間がかかってしまった。
「母様!」
勢いよく扉をあける。
「こっちにきちゃダメ!!!」
母様の声が響く。
「母様!今父様が…」
声が止まる。目の前には母様ともう一人男が立っている。鎧を纏った若い男。
男は青い目をこちらに向ける。
「う……あ……」
男の冷たい目とぶつかると体が全く動かなくなる。
「ターニャ嬢にレオ様か。いや、この状況では敬称を付ける必要もない。お前たちが生きているかぎり、グレイス家は残ってしまう。すまないがお前たちには消えてもらう」
持っている剣をこちらに構える。
私の体は震えが止まらず動かすこともできない。多分顔も涙と鼻水で溢れてぐちゃぐちゃだろう。
男はゆっくりと近づき、私の前に立つと剣を振りかぶる。
私、死んじゃうんだ。
目を強く閉じる。
しかし待てども、全く痛みを感じない。
ゆっくりと目をあける。
目の前の男は驚きで大きく目を見開いている。
男の視線を辿り床を見る。
床にはこぼれたように広がる赤い血。
それは母様を中心に広がっていた。
「レティー様!!なぜあなたがっ?!」
男は母様に駆け寄り抱き上げると、傷の手当てを始める。
「ターニャ……逃げなさい。私はもうダメよ…。レオと…」
母様の震える声が聞こえる。
「あ……あ…」
「今だよ!逃げよ姉様!」
グイッと後ろに引っ張られる。レオが引っ張っているようだ。ふらふらとした足取りでレオについていく。
あの松明で火が家に移ったのか、火がいく手を阻む。
がらがりと建物が崩れていく。
一階では父様が戦っていたはずなのに、人影が見えない。
扉に向かおうとするが瓦礫で行く手を阻まれ外に出れない。
「ゴホッ…どうしよう姉様…」
「………」
「姉様!しっかりして!!」
「!」
レオの大声でふと我にかえる。
「母様も父様も僕たちが生きていることを望んでいるんたよ。姉様が諦めたらダメだ!!」
「………うん」
そうだ母様も、父様も私たちのために頑張ってる。私がこんなんじゃダメだ!
「ありがとう、レオ!」
「うん。…あそこの穴なら外に出れそうだ!」
私達は穴に駆け寄る。その穴は子供一人通れそうな大きさだ。そこの穴を覗くと外の様子がうかがえる。
ここは外に繋がってるみたい。
「じゃあ姉様早く行って!」
「うん、ごめん。先行くね」
しゃがんで穴をくぐる。早く出ないと!中にはまだレオがいるんだもん。
外に出るとまだ夜中なので真っ暗だ。
ここから逃げたらどうしよう。レオと暮らすために仕事も探さないと。
穴からレオの手が伸びる。
そうだ、例えどんなことが起ころうとレオさえいてくれれば…
ガスンッ
「え…」
目の前で家が激しく崩れる。今までで一番激しい。
「レオッ!早く出ないと!」
レオの手を強く引っ張る。ゆっくりゆっくりと。
しかし出てきたものは腕のみだった。
「あ…あ……ああああああああああああっ!!」
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ
レオさえ、レオさえいてくれたら、それだけでよかったのに。
腕を片手に持ちガレキに駆け寄る。持ち上げようとするが、私の力ではびくともしない。
もうどれくらいガレキを持ち上げようとしているだろうか。手は震え力も入らない。
「いやだよぉ……。レオがいないと…さみしいよぉ…」
しゃがみ込んで顔を手で覆う。隙間からは涙がこぼれ落ち地面に染みを作る。
もう何も誰もいない。
みんな、みんないなくなった。
「一人にしないでぇ…」
『見つけた』
突然声が響く。
その声は低く、おどろおどろしく辺りに響く。
「!」
慌てて当たりを見渡すも、誰もいない。
『我は悪魔。汝は我に何を望む?』
これが彼との出会い。
私の終わりでもあり、全ての始まりだった。
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