代打・ピッチャー、俺 (少年編)

雨城アル

13投目・執念

「……ということで、真中は野球ができなくなってしまった」


監督からチームへの報告を聞き、宇形と谷内は顔を見合わせて、信じ難い出来事に唖然としていた。その後、二人は足元に映る影に、物足りなさを感じながら帰路を共にした。谷内は真中への心配が止まらず、いてもたってもいられなくなったので、「もしかしたらあの場所でなら会える」という僅かな希望を抱えて、とある所へと駆け出した。

「真中……!!」


彼の左肩は包帯で巻かれていたが、グローブで捕球するはずの右手でぎこちなくボールを投げていた。

「谷内?お前こんな時間に何してるんだよ」

「君こそ何でここにいるんだよ……もう野球できなくなっちゃったんじゃないの!?」

「……」

「野球大好きな君が肩を壊しただなんて、私もう心配で心配で……!!」



ボールを不慣れに乗せた右手を固く握りしめて、真中は執念を声に乗せた。

「野球を辞めるなんて誰も言ってないぞ」

「え……?」


「病院の先生に右肩ならまだできるって言ってもらえたんだ、だから俺はマイナスからでも野球を始めることにしたんだよ」


谷内は間をおきながらも、笑顔になって自信があるようにこう言った。


「君ならどんな難しいことでも出来ちゃう気がするよ」


「お前でもそんなこと言うんだな、もっと批判的な感じかと思ってた」

「ちょっとー?それどういうことよー!」



谷内の意外な一面を目にした真中は、思わず口が滑ってしまった。それと同時に、自分のことを心配してくれる人がいることを実感し、ちょっぴり嬉しくなっていた。

「でも心配してくれてありがとな!」

「全くもう、元気なら元気って言ってよねー!」


自分の言動に恥ずかしさを感じていたのか、はたまた照れ隠しなのかわからないが、彼女は薄く頬を赤らめていた。
夜道に女の子一人はさすがに危ないなと思ったので、真中はしかたなく家へ送ることにした。

「ねぇ、今更なんだけど下の名前なんていうの?」

「直紀だけど、急になんだ?」

「名字で呼ぶのもなんかなぁって思ってね!また一緒に頑張ろうね、直紀!」



真中は突然の名前呼びに驚き、谷内の下の名前をド忘れしてしまった。

「かなえ……だっけ?」

「さ、な、え!ちゃんと覚えてよね!」

「ごめんごめん、頑張ろうな、早苗」




こうして、野球の理想、「右投げ左打ち」人生の幕が上がった。。

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