いえいえ。私は元の世界に帰るから結婚は却下しますっ!

月宮明理

犯人の手がかりを探して

 ルカ王子に抱きしめられてひとしきり泣いた私は、ルカ王子を見送った後、厨房へと向かった。
 泣いたせいで、喉がからからだったのだ。
 幸か不幸か、厨房にはもう誰もいなかった。すでに、部屋に引き揚げてしまっているのだろう。
 磨いてあったグラスを手に、金の蛇口をひねる。
 水がのどを通るたびに、体と脳の熱を冷ましてくれた。

「あ、ヒメカ様」

 一人の兵士が厨房へと入ってきた。その兵士は二日前に、私の部屋にシグルドを呼びに来た兵士だった。

「こ、このたびは……その」
「そんなに気を遣わなくていいよ」

 緊張して舌が回らない彼に対して、私は出来るだけ笑顔を作ってみせる。
 私は手に持っていたグラスに水を組み直し、それを目の前の彼に差し出した。

「す、すみません。大丈夫ですので」
「いいから、飲んで。水を飲みに来たんでしょ?」

 強引に押し付けると、彼はありがとうございますと言って、一気に飲み干した。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「何でしょうか?」
「あのさ、お父様の……暗殺された姿を見たんだよね? ……どんな様子だった?」

 犯人の手掛かりになるようなことがあるかもしれない。望みをかけてそう聞いた。

「はい……。とてもきれいな様子でしたよ。外傷もありませんでしたし。私には眠っているようにしか見えませんでした。あの様子を見て殺されたと判断できる人は、そうそういないでしょうね」
「へぇ、お医者様が判断したの?」
「いいえ、シグルド殿ですよ」

 シグルド……?
 彼には医学の知識もあるのか。そういえば、私の足も上手に手当てしてくれた。
 シグルドに話を聞けば、もっと詳しいことが分かるかもしれない。

「ありがとう」

 早速シグルドのところへ行こうと厨房の出口へと向かう。

「待って下さい、ヒメカ様。第一の医師から伝言があります」
「伝言?」
「はい。いつでもいいので、第一医務室に来てほしいそうです。手当たりしだいに伝言を頼んでいたみたいなので、何か急ぎの用事があるのかもしれませんよ」

 第一の医師と言うのは、フローラさんに安らぎ草を飲ませた人だ。(実際に飲ませたのはお父様だけど)
 しかし、それ以外に特に接点はない。いったい何の用事だろうか。

「分かった、ありがとう」

 私は向かう先をシグルドの部屋から、医務室へと変更し、今度こそ厨房を出た。
 小走りに第一医務室へと向かう。途中で何度か兵士の人と会い、そのたびに「第一の医師が呼んでいる」と同じ伝言を聞いた。
 ドアに書かれている『第一医務室』という表示を確認し、軽くノックをしてから中に入った。

「お待ちしておりました」

 第一の医師は、私が着くと、開口一番にそう言った。

「ささっ、こちらにおかけください」

 医師が座っている椅子よりも、はるかに豪勢な椅子を差し出された。
 私は苦笑いを返しつつ、そのまま腰掛ける。

「……いったい何のご用事ですか? いろんな人に言伝を頼んでいたそうですけど……」

 早速そう切り出すと、医師はなにやら小瓶を取り出して見せた。小瓶の口には、コルクで栓がしてある。

「これをヒメカ様にお渡ししようと思ったんです」
「これは……?」

 渡された小瓶をすかして見ると、うすい水色の液体がゆらゆらと揺れている。

「安らぎ草を煮出した汁で作った……香水、みたいなものです。余ったもので作ったんですけど……ヒメカ様お疲れのようですから、持っていってください。匂いだけでもかなり気分が休まるはずですから」
「ありがとうございます」

 手に取ると、ふわっと甘い香りを感じた。ふたの隙間から香ってくる匂いだけでも、心が安らぐ。
 そういえば、二日前――お父様が亡くなってからずっと気を張っていた。
 ルカ王子のおかげで少しは楽になったけれど、それでも疲れていることに変わりはない。
 私は医師と安らぎ草をくれたルカ王子に感謝しつつ、小瓶をポケットにしまった。

「そういえば」

 医師は唐突に言った。

「ヒメカ様は国王様の死因についてご存じですか?」
「……え?」
「いえ、知らないのならいいんです」

 医師はゆるく首を振る。
 普通に考えて、私――国王様の娘――に国王様の死因を訊くだろうか? 問題がなければ訊くはずがない。
 もしかしたら、死因が犯人を示すかもしれない。

「お父様の死因に、何か問題があるんですか?」

 私は期待を込めてそう訊いたが、返ってきた答えははっきりしないものだった。

「……いえ。分からないんです」
「どういうことですか?」

 私は椅子から少し腰を浮かせて、さらに問いかける。

「国王様の死因が――分からないんです。どこをどう調べても全く異常がない健康体そのものなのに、なぜか肉体が活動を停止してるんです。一体、どうしたらあんな状態になるのか……」

 分からない、と医師は独り言のように呟いた。
 もしかして……。

 ――お父様は死んでいない……?

 ありえない考えが頭をよぎるが、私はそれをすぐに打ち消した。いくらなんでも、そう都合のいい話があるものか。
 第一、お父様の葬式が行われていたではないか。そこにお父様の……『肉体だったもの』もあった。
 ……そうだ、シグルド。一目で暗殺だと判断した彼なら、何か知っているかもしれない。

「あの、香水ありがとうございました。おやすみなさい!」

 いまだに悩み続ける医師に軽くお礼を言い、私はすばやく立ちあがり医務室を後にした。

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