いえいえ。私は元の世界に帰るから結婚は却下しますっ!

月宮明理

怪しい兵士の思わぬ協力

「お前、何者だ!」

 剣先を突き付けられて、声も出なかった。もともと力の入っていなかった足がその役割を全く果たさなくなり、私はズルズルと地べたに座り込むような形となった。

「答えろっ!」

 目の前で鈍く光るソレは、すでに私の喉元にピッタリとくっついていて、少しでも動けば皮膚を破って血を流す。

「わ、私は……」

 両手をあげて、降伏の意を表した。すると剣先が少し遠くなる。

「み、道に迷ってしまって……」

 ピッと首に何かが掠る。そしてそこからごくわずかの生温かい液体が首から肩へと流れてきた。首の皮を薄く切られたようだ。

「真面目に答えろ」
「はい! 安らぎ草を盗もうとしましたっ!」

 慌ててそう言い直すと、ピクリと剣先が揺れる。

「何に使う気だ?」

 嘘を言おうか、と考えたが、今みたいに首の皮一枚でさえも斬られるのはごめんだ。しかも二回目とあっては命もないかもしれない。
 迷った末、正直に打ち明けた。

「母が精神を病んでいて……安らぎ草があれば治ると聞いて、それで……」
「……そうか」

 そう言うと、彼は静かに剣を引き、わずかな金属音を立てて鞘におさめた。

「えっ?」
「ついて来いよ。安らぎ草はこの先で栽培している。そこまで案内してやるから」

 私が立ち上がるよりも早く、彼は歩き始めていた。

「待っ……っ痛!」

 皮肉にも、しばらく座っていたことで左足は感覚を取り戻していた。酷い痛みを伴って。

「おまえ、けがをしてるのか?」
「平気」

 壁に手を付き、やっとのことで歩き始めると、彼は私の前で背を向けてしゃがみこんだ。

「乗れ」
「え……」

 これは、おんぶ?
 目の前の状況がよく理解できなくてもたもたしていると、

「早く乗れ。見回りが来るかもしれないぞ」

 と急かされた。

「うん……」

 私は遠慮がちに彼の大きな背中に乗っかった。彼が立ち上がると、必然的に私の目線も高くなる。

「随分と軽いな」
「そ、そうか?」

 頭に、『男にしては』という言葉が隠れているであろうその言葉に、ギクリとした。
 そうだ、私は今男装をしてるんだ。なんとしてもばれないようにしなければ。女だとばれるだけならまだいい、問題ない。けれど、何かの拍子に婚約中の姫だとばれたら……外交問題になりかねない。
 極力注意しなければ、と決意を固めた瞬間、足を支えていた彼の手が不意に動き……ムニッと太ももを挟まれた。

「ひ、あっ!」

 情けないうえに、恥ずかしい声をあげてしまった。

「なんだよ、気持ち悪い声あげんな! ……しっかしそれにしても、ぜんぜん筋肉ついてねぇじゃねぇか、この足」
「し、失礼な! これでも人並みにトレーニングしている!」

 実際こっちの世界に来るまでは、朝のウォーキングと夕方のジョギング、筋トレを日課にしていた。絶対に筋肉がついてないなんてことはない。

「それでこれかよ。まるで女みたいだな」

 再びギクリとなる。

「あ、あぁそういえば……最近風邪をひいて、一昨日まで寝込んでいたんだった。それで筋肉が落ちてしまったんだな、きっと」

 ははは、と軽く笑ってごまかすと、目の前の頭がくるりとこちらを向いた。透明感のある瞳と目が合う。

「顔も女みたいだよな……」

 じーっと食い入るように見つめてくる彼。私は必死に動揺を隠そうと真正面からその視線を受け止めた。バレるな、バレるな、バレるな、と心の中で唱える。

「……ってそんなわけないよな。女だったら背中にもっと柔らかい感触があってもいいもんだ。おまえからは固い感触しかしねぇし!」
「なっ……!」

 バレなくて良かった。と思う反面、男と断定された理由が悔しくてしょうがない。後ろから頭を叩いてやりたい。しかしそんなことしたら、自分から女だと認めるようなものだ。
 感情と理性が戦っている最中、

「着いたぜ」

 見えていた景色が一気に低くなった。
 彼の肩に手を置き、いまだに痛む足を引きずりながら彼から下りる。
 見ると、そこには見たことのない丸い葉がたくさん地面から生えていた。

「これが安らぎ草だ。取ってくるから、ちょっと待ってろ」

 そう言うと、彼はずかずかと歩いて行き、選びながらその葉を摘み取ってきた。

「――ほら」
「本当に、いいの?」

 目の前に差し出された安らぎ草を受け取りつつ、一応確認をとる。

「かまわねぇよ」
「でも、安らぎ草は中々採れない貴重な薬草だって……」
「そうだと知ってて盗もうとしたのはどこのどいつだ! やるっつってんだから、おとなしく貰っとけよ」

 盗むよりは貰う方がいい。けれど目の前にいる彼に、薬草をどうこうする権利はあるのだろうか? 一兵士が独断で侵入者に物――しかもかなり貴重な薬草――をあげることが許されるのだろうか?
 とその時――

「やべっ、ふせろ!」

 声と同時に頭に力が加わって、地面に抑え込まれた。

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