フィロソフィア

藤冨 幹臣

第九話

軽い気持ちで言ってはいけない言葉がこの世には存在する。
それは『死ね』だったり『殺す』だったり『嫌い』だったり『好き』だったり。

しかし、この世にはそれらのなかで最も身近な言葉が存在する。

―――是非ともユウのメイド服が見たい。

である。

私は廊下を疾駆していた。

『恨み殺すぞ紅戸ォ!!』
『殺すよ、殺すッ!!』
『紅戸ォォォッ!!』

いったい何があったのか。
『ご都合主義』を全力で使用しながら走っているので疲れている。

(草薙はBクラス……たしかBクラスは自習中ッ!!)

私はBクラスの教室の扉を開け、叫んだ。

「男女ともに、合コン組んでやる、助けてくれッ!!」
『『『『おうッッッ!!』』』』

戦力の確保はした。
さあ、始めようか。悩飛学園、二年生―――

「戦争だッ!!」
『『『『おぉぉおおおおおッ!!』』』』

草薙が「また阿呆なことをしでかしたな」とへらへら笑いながら言う。

「俺はただ『是非ともユウのメイド服が見たい』と言っただけなのだが」
「あいつのメイド服見たいん? なら、あいつんち行けば良いんだぞ」
「俺はユウの家を知らんぞ」
「あいつの兄が実家でオタク屋を営んでいる」

実家でやるなや。せめて、店舗借りなさいよ。
というか、オタク屋か。私も時偶お世話になるのだが、ユウとは出会ったことなどないぞ?

「あいつ基本的にキグルミだから、わかんなかったかもな」
「キグルミ?」

私は、店頭に立ち、暖簾を振り続ける可哀想な狐のキグルミが居たことを思い出した。
約二年前に耐えきれず、冷たい麦茶と塩分補給の飴を差し入れたことがあった。

「そうだったのか」
「ちなみになんだが、十二月は駅前でサンタのキグルミを着て孤独に暖簾を振ってるぞ」

約二年前に狐のキグルミと面影を重ね、暖かいココアとおでんを差し入れたことを思い出した。

「そうなのか……なあ、ユウっていつから俺に好意を寄せていたんだ?」
「三年前には家に来たお前を気になる眼差しで見てて……その翌年に完全に堕ちてたっぽい」

恋に堕ちるほど嫌ならやめれば良いと思うのだが、そうはいかないのだろう。

「性格が良いんだってさ。良かったな意外と性悪太郎」
「ムッツリーニと性悪太郎か。なるほど、俺がこの学園で青春をするのは至難の技だったのだな」

ユウさえ居れば良い。

「夢のようだな」
「なにがだ?」
「まともに想いを告げられず、死別した想い人と恋を熟すことができるのだ。夢のようだろう」
「ははっ。そうだな」
「ああ。つっても―――」

目の前に迫り来る掌。

「いまは悪夢だがな」

眼を使い、ユウの動きを止め、抱き締めるポーズをとる。深い意味はない。

ぽふっ。

「ぽふっとしている!?」
「俺は以外とぽふっとしているのだよ。後ろは壁だ。ましだろう」
「メイド服は見せん!」
「オタク屋行くから良いよ」
「誠ォ!!」
「はっはっは」
「いや……そうだとしても、ユウのメイド服なんて見たことないぞ?」
「お前来るときは頑なに着ようとしなかったからな」
「何故?」
「嫌われると……思って」

スダダダダダダン!!! すれすれに飛び、後ろの壁に突き刺さる大量のカッターナイフ。

「い、いや……嫌わないぞ? たぶんだが」

二年前までならまだしも、去年ならたぶん嫌いにはならないと思う。お前に関しては嫌悪の極致にいたから。

「たぶんじゃ……駄目じゃないか」

スダダダダダダン!!! すれすれに飛び、後ろの壁に突き刺さる大量のフォーク。

「ひぃっ……自分に自信を持て? おまえは可愛い」
「ふぇっ!?」

スダダダダダダン!!! すれすれに飛び、後ろの壁に突き刺さる大量の包丁。

次来たらたぶん私死ぬんじゃねえかな。

「言葉が悪かったかな? えっと……」

言葉選びを間違えてはいけない。どうするべきか。最善を思考しろ。焼く前の筋を切った肉にはなりたくない!!
そして私は答えを見つけた。最高の答えだ。

ついでに、ユウと場所を交換。ユウに刺さるかもしれないからね。

「最高に美しい!」

スダダダダダダン!!! すれすれに飛び、背中に突き刺さる大量のダーツ。

「ゴフッ……」

何が間違えていたのだろうか。
嗚呼、神よ神よ。無慈悲な神よ。何故にそんなにご乱心。

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