女神様(比喩)と出会って、人生変わりました

血迷ったトモ

第3話 とびっきりの災難 3

「はい…。分かりました…。」

 千穂は頷きながら、ゆっくりと男に歩み寄る。その距離、10メートル程だろうか。彼女にとっては、イバラの道にでも見えるのか、金色の眼には涙が浮かび、その足は震え、手はギュッと握りしめられていた。

ークソが!覚悟を決めるしかない!ー

 ここで動かなければ、一生後悔すると感じた悠也は、恐怖心を無理やりに抑え込み、行動に移す。

「この子は、お前にはやれんなぁ。」

 悠也から1mほど前に出ていた千穂に近付き、その肩を左手で抱き、引き止めながら言う。

「は?」

「え?」

「な!?」

上から順に、強盗の男、千穂、圭吾が発した言葉である。

 強盗の男は、まさかそんな事を言われるとは思っておらず、アホみたいな声を出しながら、凍り付いている。
 一方の千穂と圭吾は、『一体何をしてるの(んだ)?』とでも言いたげな様子だ。
 悠也は、固まっている圭吾に対して、目配せでとある指示をする。

ー伝わっていれば良いが…。さて、ここからどうするか。ー

 悠也は考える。ここから男を無力化する方法を。

ー取り敢えず、話し合いだな。ー

 解決の方向を決めた悠也は、ゆっくりとした口調で、且つ冷めた視線で強盗に話しかける。

「まず、貴方の罪状について。あなたは強盗の容疑で、逮捕・起訴されて、最低でも5年はムショにぶち込まれることになるだろう。で、1人でも殺せば、強盗致死傷罪で死刑になるだろうな。」

「う、うるせぇ!」

 男が大声を出すが、『死刑』という言葉に反応したのを確認した悠也は、変わらず落ち着いた口調で続ける。

「加えて、強盗の最中に、性的な暴行をはたらくと、更に別の罪に問われて、こちらでも死刑になる可能性が高い。」

ーまぁ、適当に言ってるけどな!ー

 どうやら悠也は、完全に腹を決めたらしく、スラスラとそれらしい事を言う。

「て、てめぇ!死にたいのか!?」

「いや、それはこっちのセリフだ。お前こそ、死刑になりたいのか?」

「ぐっ…。てめぇには関係無いだろ!?むかくつ野郎だ!絶対にぶっ殺してやる!だがその前に、どうせ死刑になるなら、その女を味わっとかないと、損だよなぁ!」

ーあ、あれ!?やっべぇ!自暴自棄になりやがった!?…なら仕方が無い。最終手段だ。ー

「そう判断したか。だが、この子はお前には好きにさせない。」

 どこまでも冷えきった目で男を見ながら、強がってみせる。そんな悠也の、千穂の肩に回された腕に、力が篭る。

「てめぇには関係無いだろ!知り合いなのか!?その女に惚れ込んでんのか!?」

 何で悠也が頑なに千穂を離さないのか理解出来ない男は、つい悠也との会話にのってしまう。

「いや、別に?この子とは今日知り合ったばかりで、まだ名前くらいしか知らん。」

「ならほっとけばいいじゃねぇか!命をかけてまで、ソイツを庇う理由が無いじゃないか!」

 目出し帽から見える肌は、真っ赤に染まっており、大分興奮しているのが見て取れる。その事に、悠也は満足しながら返答する。

「理由ならあるぞ?」

「何だと?」

「1つめの理由として、まず、このまま見捨てたら、寝覚めが悪い。次に…」

 ニヤリと笑いながら、悠也はとんでもない事を言い放つ。

「お前にはこの子は勿体ない。」

「な!?」

 清々しいまでにバッサリと言い切った悠也に、男は固まってしまった。

「見ろ。この子の容姿を。まず髪の毛は綺麗な金色で、サラサラしてて美しいし、顔立ちは、非常に綺麗に整ってて、まるで女神のようだ。プロポーションだが、これまたありえない程綺麗で、クレオパトラとかでも、裸足で逃げ出すレベルだ。」

 ここで一旦言葉を切り、圭吾に目配せしながら、指を2本立てて、話を続ける。
 因みに、隣にいる千穂は、これでもかというほど、顔を真っ赤にして、悠也を見つめている。

「以上、この2点から、少なくとも容姿においては、てめぇみたいなクソオヤジに好きにさせて良いような子じゃなく、お前如きでは触れる事を望むだけでも、烏滸がましいと判断した。」

「こ、この野郎…!好き勝手言わせておけば!」

 全身を怒りに震わせながら、大声で吠える男。
 その瞬間、悠也は彼の腕の中で大人しくしていた千穂を少し押して、自身から離れさせる。
 その瞬間、掻き消えそうな声が悠也の耳に入った。

「あ…。」

 それと同時に、悠也は男に向かって駆け出す。

「圭吾!」

「おう!」

 悠也が圭吾を呼ぶと、その声に応じて、2本の鉄パイプを彼に向かって投げる。
 『パシッ』と良い音をさせて受け取った悠也は、まず1本目を男に目掛けて投擲する。

「おりゃあ!」

「な、何だ!?」

 何かが飛んでくるのが見えた男は、反射的に腕で顔をガードしてしまい、悠也にとって狙い通りとなった。
 だが、運悪く男に鉄パイプは当たらず、直ぐに拳銃を構えられてしまう。

「死ね!クソガキ!」

「くそっ!」

 男がガードしているうちに、残り2メートル地点まで辿り着いて居た悠也は、一か八か、男の引き金に掛けられた指と、銃口を注視して、発射のタイミングを見極める。
 そして、ゆっくりに感じる時間の中、男の指が引き金を引ききる寸前に、銃口から予測される弾道に対して、がむしゃらに全力で鉄パイプを振り下ろす。

「おぁぁぁ!」

『バン!』

 悠也の声と、銃声が重なる。誰もが思った。悠也が撃たれてしまったと。
 なんなら、悠也自身も撃たれたと思った。が、不思議と痛みは感じない。

ー痛くない。なら、やれる!ー

「調子に乗ってんじゃねぇ!!」

 振り下ろした状態の鉄パイプを、男の懐に入りながら振り上げ、銃を宙高くはね上げる。

「うわぁ!?」

「隙あり!!」

 男が空中の銃に気を取られて、上を見上げた瞬間、ガードがガラ空きになった顎めがけて、全力で鉄パイプを振るう悠也。

「ぐぇ!」

 『ゴーン』という音とともに、白目を剥きながら後ろに倒れる男。

「まだまだぁ!」

 男を無理矢理うつ伏せにひっくり返し、両腕を後ろに纏めてガッチリと抑える。

「圭吾!何かロープとか持って来てくれ!」

「了解!」

 圭吾はダッシュで、レジに備え付けてあった、商品を纏めるためのビニール紐を持って来て、気を失っている男の手首と脚をキツく縛り上げる。

「よ、漸く終わったか…。」

 毛虫のように転がっている男を見て、悠也はゆっくりと息を吐きながら、安堵するのだった。

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