女神様(比喩)と出会って、人生変わりました

血迷ったトモ

第2話 とびっきりの災難 2

 悠也は握られた手に感じる感触にショートしかけている思考をフル回転させ、彼女が何の目的で自身にそんな事をしているのか考えていた。

ーえ、何この子!?まさか美人局つつもたせか!?若しくは宗教勧誘か!?何か教材とか、怪しい健康器具を買わせられるのか!?はっ!?まさか、新手のス〇ンド使いか!?ー

 あまりに脈絡のない質問に、悠也が答えないでいると、再び千穂から言葉が発せられる。

「あの、お名前をお伺いしたいのですが。」

「えっと、神田悠也と申します。神田川の神田に、悠久の悠、なりと書いて也です。」

 どんな顔をしていいのか分からず、無表情のまま自己紹介する悠也。たとえ何か悪意ある思惑があったとしても、名前くらいなら問題は一切無いと考え、大人しく答えることにしたのだ。

「神田悠也さん…ですか。私は、天戸千穂です。天の戸と書いてあめと、千の稲穂の穂と書いてちほと読みます。」

「はぁ。」

 なんともご丁寧な自己紹介に、悠也は気の抜けた返事を返す。彼女は一体何と言って欲しくて、自分にこんな事をしているのだろうか?と疑念が更に深まる。

「では、またいずれ。近いうちにお会いしましょう。」

「え?あ、ありがとうございました?」

 何やら意味ありげな表情をしながら、千穂は袋に入れられた商品を手に取り、出口へと向かう。
 彼女がある程度離れたところで、圭吾から声がかかる。

「お、おい、今のはどういう事だ!?知り合いなのかよ!?」

「いや、知らん!てか、自己紹介してたんだから、知り合いなわけ無いだろ?」

「だけどよ、俺のところが空いてるのに、態々お前の所に行っただろ!?絶対に何か意図があるって!」

 かしましく言い合う2人。だがその言い合いは、男の図太い声で遮られてしまう。

「全員大人しくしろ!金を出せ!」

「「え、嘘だろ?」」

 悠也と圭吾の声が重なる。図太い声の持ち主の方向を見ると、真夏なのに黒づくめの服で厚着をした、覆面の男が、これまた黒光りする拳銃を構え、こちらに向けていた。

「きゃぁぁ!」

 パートの藤野が思わず叫び声をあげるが、それを上回る、『ズドン』という轟音が、彼女の声をかき消してしまう。

「うるせぇ!静かにしろって言ってんだろ!」

ーお前が1番うるせぇよ。ー

 1人で静かに突っ込む悠也だが、流石に言葉にはしない。

「店内に居るヤツら!全員レジの方に来い!来ないとぶっ殺すぞ!」

 ホームセンターなので、それなりに広い店内から、一様に恐怖に怯えた顔をしながら、ゾロゾロと集まってくる。
 その中には、帰ったはずの千穂も含まれていた。

ーあいつ、帰った筈じゃないのか?入って来る時も妙に時間かかってたし、一体何をしてたんだ?強盗の一味…なんて事は無いな。あんな目立つやつ仲間にするアホは居ないからな。ー

 千穂の姿を目で追っていると、バッチリと彼女と目が合ってしまった。すると、何を思ったのか、スーッと音も立てずに、流れるようにして、悠也の隣まで来る。

ーコイツ、一体何を考えてるだ?確かに1人で居るのは怖いだろうが、それなら何故、他の客のところに行かない?そっちの方が、より安心できるだろ。ー

 悠也がそんなことを、呑気に考えているとも露知らず、強盗の男は話を進めていた。

「おい、店長は居ないのか!?」

「も、申し訳ございません。店長は不在でして。あ、私、副店長の榎本えのもとと申します。」

「そうか。ならお前で良い。店にある金を全て持って来い。5分以内だ!」

「し、しかし…。」

「あぁ!?しかしもクソもねぇんだよ!従わねぇから邪魔なだけだ!ぶち殺すぞ!」

「は、はい!かしこまりました!」

「1分遅れる毎に、1人殺す!嫌なら早くしろ!」

「は、はぃぃ!」

 榎本は、レジの近くにある金庫室へ、駆け足で入って行く。
 ドラマでしか見た事が無いようなやり取りを目の当たりにした悠也は、コソコソと圭吾に話しかける。

「おい、どうする?」

「どうする、とは?」

「見た感じ、強盗は1人だ。奴さえ無力化すれば、俺らの安全は確保されるだろう。」

「ふむ、確かに。」

「それに、銃を奪えば他に仲間が居ても、迂闊にこちらには手が出せなくなる。」

「なら武器になる物は…。」

「ならあれを使うか。」

 悠也は、千穂の前の客が置いて行った、2本の鉄パイプを視線で指し示す。
 コソコソと段取りを決めた2人が、いざ実行に移そうとした時、予想外の事態が発生してしまった。

「おい、そこの金髪の女。俺のモノになれ。そうすれば、命だけは助けてやるぞ。命だけはな。クククク…。」

 強盗の男は、銃を向けながら、悠也の隣に居る千穂に話しかける。目出し帽から見える目が、欲望に濁った色をしているのが、悠也は分かった。そして、千穂がどんな目にあうのかも、理解出来た。

ーくそっ!近くに行かれたら、アイツを倒しにくくなる!それに…。ー

 頭を必死に回転させながら、悠也は横目で千穂を見る。妙な奴ではあるが、今では強盗に怯える、ただの普通の女の子にしか見えなかった。

「な、何をすれば、良いんですか?」

 千穂が尋ねると、強盗の男は、覆面の上からでも分かるほどに、いやらしく顔を歪めながら、言う。

「んなも決まってんだろ?まぁ取り敢えず今は、金が来るまでの暇つぶしとして、少しお前の身体を好きにさせてもらうだけさ。」

 レジ付近に集められた者たちから、どよめきが聞こえる。まさか、そんな事が自分たちの目の前で行われるとは、思ってもみなかったのだろう。

「あ?なんか文句でもあんのか?」

 そのどよめきに対し、男はドスの効いた声で問う。

「…。」

 男の問には誰も答えない。いや、答えられないのだ。何か言葉を発すれば、その瞬間、殺しのターゲットにされかねないのだから、仕方の無いことである。
 だが、1人だけ、男に対峙する事を決めた者がいたのだった。

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