冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話
春編6:追いかけてきたのは
さて、急に駆け始めちゃって攻撃をされないかなあってちょっと思ってた。正直こわいなあって、緊張してた。だって逃亡するかもしれないでしょ? 春龍様を治さずに。
けれど、
「私が行く! 下がれ」
と鋭い声が聞こえてくる。
国王様ではなかったな。大臣を制することができる人。つまり、立場的には王子ではないだろうか。
坂の下の方、宮殿がはるか遠くになったくらい降りてきてから、足を止めた。
私の隣にはフェンリルが当たり前のように立っててくれて、その両腕には北国の双子が…………ってかしこまって考えなくてもいいか。もう宮殿を離れたし。
「ジェニース、メロニェース。大丈夫だった?」
「はい、それはもうフェンリル様に抱えていただくなんて私、夢のようでした〜〜!」
「このような光栄な機会をいただけるなら参加してよかったと、少々卑しいことも考えてしまうくらい楽しかったです!」
なんというか……
王族の英才教育、すっごーい。度胸も言葉遣いもね。
二人ともが階段に降ろされると、フェンリルに向かって綺麗なお辞儀をする。
そういうとこ、恐ろしいほど洗練されている。
二人を抱えていないと階段から落っこちちゃいそう、なんてお子様扱いは逆に失礼だと思ってしまうくらい。
さっきまで手を繋いだりしちゃっていたのは、大人たちがそうしたくなるように、二人が振舞っていたからだろうなあ。
影さんが、奇妙なものを見る目でジェニース・メロニェースを眺めている。
「……長い、名前だ……」
「「影様。ラオメイと違ってフェルスノゥ王国は長い名前が通常です。ジェン・メロと略してお呼び下さい」」
「……わかった」
「「やったー!」」
温度差で風邪引けちゃいそうね。
っと、緑の風が吹いた。
新緑のとてもいい匂いだ。
「挨拶が遅くなりました。ハオラウ・リーと申します」
やってきた彼は、おそらく緑の国の第一王子その人。
艶やかな黒髪をポニーテールに束ねていて、バター色の肌に、鋭い黒の目。
すらりとした緑の民族衣装は質がよく特有の光沢がある。詰襟のところにキラリと光る鱗の装飾は、春龍を模されているんだろう。
外歩き用のブーツで腰に帯剣しているのは、これから遠征するためのように思える。
「こちらこそ。冬フェンリルの後継の冬姫、エルといいます」
「私はフェンリルそのものだ」
「ジェニース・レア・シエルフォンと申します」
「メロニェース・レア・シエルフォンと申します」
「護衛のガイアスです」
「同じくラドリフと」
護衛の方の半数は、宮殿でこれからの航路の打ち合わせをしてくれているはずだ。それを拒否するとなったら、この国から出さないという危険な傾向だから。
あちらこちらに策を張り巡らさなくちゃいけないの、大変だよね〜。
「影」
あ、自己紹介、あなたもするんですね。
言ったきり、ぷいっとしていますけども。
影さんの拳が震えてる。これは、王子を視界に映したら殴りそうだからというやつなのでは?
まずい。早く話を進めていこう。
「ハオラウ王子。ミシェーラからあなたのことを聞いています。だから謝罪とかはひとまずなしで、こちらとしては世界会議の決まり通りにラオメイに対応していただけたらいい」
「……わかりました」
「その上で、ラオメイの方から春龍のために声明をあげてもらえた点はよかったです。だから私たちがここにいます」
そう伝えると、ハオラウ王子と影さんの肩の力がすこし抜けたようだった。
だって、実の双子の兄が違反やらかしたことまで、全部責められるのは違うと思うの。国民と国家を背負う王族について、私にはすべてはわからないけど……すべてわからないからこそ、冬姫流にやらせてもらいますね。
「よろしくお願いします」
手を差し出す。
「ラオメイの春に誓い、第一王子ハオラウ・リーがお伴します」
目的が一致した。
あとは彼自身を見極めようと、ジェン・メロがまばたきをせずに一挙一動を眺めている。その手には音声録音装置。
ハネムーンのもう一つの目的でもあるからね。
影さんが2人の手元をガン見していて(いくつの平行処理をするつもりだ)とおっしゃってるのでやはり彼は素直だなあ。
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