冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話
春編5:影との和解
(冬姫様。──かくかくしかじか)
(なるほど理解しました)
(……。我々は、口下手とよく噂されます。断続的な説明でしたが、伝わりましたか?)
(はい、平民街の様子がしっかりと。あなたよりも説明に慣れていない方も対応したことがありますし、それに、本当のことをそのまま伝えてくれるのってありがたいんですよ)
(……。本当のことを言わないものが多すぎて、人間は嫌いなんだ)
影さんがそんな風にいうので、驚いた。
口数が少なくなりがちなのは、こうしてまっすぐに物事を言いすぎると、自覚があるからかな。
口下手と噂していたのは、ラオメイの方々なのかもしれない。
人間との間にトラブルがいろいろあったんだろうなあ。
信用が壊れてしまうほどの。
どのような言葉をかけようか。
無言を貫かれたいわけじゃないはずだ。
私が、こういう心境になったときのことを思い出して──
(私たちだって本当のことだけ言っているわけじゃありません)
(し、しかし冬姫様であり、冬の大精霊様であるので……)
(はい。お仕事をしますって、それは約束しますから。嫌いでもいいんです、春龍様を治すためのあれこれにだけ協力して下さい)
影さんの動きがピタリと止まった。呼吸すらも。
葉で作られた帽子の影から、緑の目がこちらをじーっとみている。
そのまま、数秒。
「わかりました……」
「よろしくお願いします」
握手の手を差し出すと、あちらも握り返してくれた。
これまで、ずっと獣だけに聞こえる音で内緒話していたから、突然の意気投合にラオメイの方々は驚愕している。
あちら側にこうして影さんが近づいてくれることは、なかったのかな。
おお、フェンリルがにっっこりしている。
(エル、ご苦労様)
(うんっ!)
私の耳と尻尾がぶんぶんと荒ぶってしまうぜ……!
え、ちょ、握手している手にフェンリルも混ざってきたんですけども。あ、影さんがぴきんと固まってるぅ。
双子も背伸びして小さな手を伸ばしてきたので、こ、これは……
円陣!!
「えい・えい・おーーーーー!!」
気合い入れるしかないのではーーー!?
巻き込まれた反応わりと多種多様だな。
影さんは唖然としてる。
ラオメイの方々の顎がカクーンと落ちた。
フェンリルたちは北国スタイルに慣れてるから笑ってる……というか私のテンションに慣れてんのね。助かります。
(情報が集まってきて助かる。これなら問題を回避しつつ、春龍様のところに迎えそうだよね〜)
と、言ってるところにもう一人の影さんがやってきた。
シュッ、といきなり霧のように現れるからすっごいびびった。獣耳の毛が逆立っちゃったよ。
(静かなところでもう少し報告をしたい)
(では交代するか)
(そうしよう。よろしいか、冬姫様)
(フェ…………う、うん)
おっと、フェンリルに尋ねようとしちゃった。
ここでは私が判断をする訓練にするって決めたじゃないの。
何か起こった時にはフェンリルがフォローしてくれるから、冬姫として成長したいんだって。
今度こそ、仕事をちゃんと前向きにやりたいの。
嫌われることや失敗も、怖がらないように、仕事に自信をもちたいの。
それでもやりたいって思える仕事なんだから。
日本での藤岡ノエルはもう引きずらない。
影さん”たち”がこちらを心配そうにみていたから、もう一度、ぶおん!と勢いよく頷いておいた。
あ、冷風が吹き荒れた。まずった。
影さんたちの帽子が軽くはためくと、緑の髪と下がった眉が見えた。
おお……なんか一気に親近感が生まれたかんじ。素直な気持ちが見えると、私たちの心が近くなる。私もめいっぱい素直に微笑んだ。
「よろしくお願いします」
ぺこり、と私がお辞儀している間に、シュッと霧の音がした。
きっと、宮殿側で諜報をしていた影さんと、平民街に赴いていた影さんがこっそり入れ替わったんだろう。
すんすん……鼻を鳴らすと、宮殿側の影さんはスパイシーな香辛料の臭いがわずかにする。う、オオカミの嗅覚にはキツイかも……。
フェンリルは大丈夫かなって振り返ったら、平然とした顔を保っているけど獣耳がわずかに伏せていた。可愛いんですけど??ゴホン。
影さんは複数いて、入れ替わることもできて、いったいどんな魔物なのかな。大精霊の使者は、魔物が人型をとっているはずだ。
まあいいや。
(調べないのですか?)
(え。えーっと、色々素直に話していただいてるようですから問題ないですよね……?)
(そう、ですか)
(目的と、それぞれの能力が分かっているなら、あとはプライベートかなって)
だよね。
過去とか能力とか、そういうのは他人がほじくるものじゃないよ。
影さんがわざわざ確認してきたってことは、人間嫌いの原因のひとつにこれもありそうだなー。
とんとんと肩を軽く叩いた。
ファイト!
アイタッ、影さんの肩パッドにはわずかにトゲがある。
「毒が!?」
「毒あったのー!?」
「身辺自衛用でして」
「物騒……!」
「貸してごらん」
フェンリルが私の手を掴んで、ああああそんな顔を近づけてもしかしてキ、キキキキキーーー……!
フウーーーー。
と冷風を吹きかけてもらったら、ピキッと指先が凍って、すっかり毒気が抜けましたとさ。
冬フェンリルたちを治すには氷漬け。新人冬姫エル、覚えましたよ。
ちくしょういたずらに顔が赤いぜ。恥ずかし……。
「と、私たちに緑の国の毒は効かないから。安心して近くにいてくれたらいい」
フェンリルのにっこりとした顔に圧があるなあ。
「……わかりました」
これは緑の国への牽制だね。
フェンリルも、嘘をついた。
毒性がもっと強ければ毒はフェンリルにも効くし、雪山はそれで一度死にかけた。
影さんはぐっと唇を噛み締めた。
安心していてくれたらいいとかさ、フェンリルは本当に人たらしだよねー。
「冬姫様方。お話しされるのであればラオメイの宮殿へどうぞ」
さて、どう切り抜けようかなあ。
目的を同じくする人たちだけで集まりたい。
もう集まっているのでは?
ここで宮殿と反対方向に動いたら、春龍様のもとへ行きたい人がついてきてくれるんじゃないかな。おそらく私たちを宮殿に誘い込みたい人は乗り遅れるはず。
まずは市街地に行ってみたい。
そこの人々の様子を見たら、この国がどのような状況なのか確実にわかるだろう。
宮殿に行ったとしても、誰が嘘をついているのか見分けるだけの知識は私たちにはないし。そんな時間もないからね。
私は駆け出した。
すると、意外な人物もついてきた。
ーーー
(あとがき)
読んでくださってありがとうございました!
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一冊まるごと書き下ろしているので、ぜひお手にとって頂けると幸いです。
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