冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

春編3:宮殿と平民街

 

「おお、霧の輪が触れたところに春の花が咲いていきます!」
「枯れかけて茶色になっていた木々が瑞々しい緑に……」
「奇跡だ……」

 奇跡、っぽいのはまあわかるけどね。
 私たちの人力、というか大精霊力ですよー?
 感動するよりも前にこっち見据えてお礼しよう? よろしくね?

 今の私は吹っきれて営業中なので、わりと図々しいんですよ。

 そうやって全部奇跡で片付けると、また、大精霊が行ってきた魔法だってことを忘れてしまいますよ。春龍様はこの谷底にいらっしゃるんだから、みなさんの反響した大声ももしかしたら聞き届けているかもしれませんし。

 ……ってことをどうやって柔らかく言おうかなー。

 ふと、頭に大きな手が置かれる。
 フェンリルだ。
 そのままゆっくり撫でられて、これは、褒められている。ンフフフー。

 私をうっとりと黙らせている間に、アフターフォローに入ってくれた。

「礼があるなら受け取ろう。ハネムーン滞在中のため協力してもらっているのだし」

「かたじけない。我々にとっても歓迎するしかないご好意、感謝申し上げますぞ」

「好意か……んー」

「い、いえ、助かりました。このたびのお礼はフェルスノゥ王国に連絡差し上げる」

「そうしてくれ」

 ふふっとフェンリルが笑った。
 対応も物言いも格が違うね。ヨッ!


 それにしても……フェンリルのこと見すぎでしょ、ゴホン違った、まさか行いのことを「ご好意」であわよくばすませようと思っていたとは。

 緑の国ラオメイ、いくらなんでもそれはないでしょ。……あの汗のかき方だと、つい定型句が出ちゃったような印象もあるなあ。普段からそういう取引をしているなら改めていって下さいね?


 ラオメイは僻地にあるため(北国フェルスノゥもだけどさ)国力を上げるのが難しいって聞いている。
 だから「できるだけ多めに貰う」が常態化しているのかも。

 私が営業職で回った会社もそうだったもん。経営が苦しいところほど、おおらかにはなれない。目先の利益を優先して取りにいってしまって、数年先の良い環境のために投資することができないの。

 フェルスノゥはそれでも、自分たちの住む国を良くしようと国民・王族が協力して、内地の豊かさを第一としている。
 ラオメイはどうしてこんなにも、外側に向けて焦っているんだろうか……。

 秘密は多そうだ。
 私たちが暴くことではないかもしれない。四季が関わらないことならば。

 冬姫としては、ちょっと強引にこれからいかせてもらいますか。


「「ラオメイ王様ー!」」
「ん? ……!」

 おや。双子の可愛らしい上目遣いに誘われて、文書を受け取ってしまいましたね?

 悪いものじゃないですから安心してください。
 ただ、このたびの派遣費用やオプション追加料金一覧が書かれたミシェーラ女王直筆の国書というだけです。


 まだ年若いフェルスノゥ王国の氷の女王ミシェーラ・レア・シエルフォンは、度胸も魔法の実力もある賢い女子だ。
 絶対敵に回したくないタイプ。

 あの国書が渡されるタイミングは双子の弟たちに知らされていたのだろうし、派遣料金が分割払いであること、その理由として国書の最後に「これから長らく、冬と春が手を取り合うために」と書かれているのも、技ありだよね。

 あんまりにも国王様の眉根が険しくなっているので、えーっと、そこの桃の花に魔力ちょっと多めに注いでおきますね。ヨッと。


 ──大ぶりの桃がごろごろ実った。

 そのような恵みを活用することで、緑の国も、正当に国力を保つことができるんじゃないだろうか。


 ゴンドラに乗っていた時に、影さんが昔話を語っていた。
 かつて千年桃が実っていた頃、山の民はそれをありがたく受け取り、皮も実も香りも活用して、種をまた撒いて豊かになっていったのだと。

 ふと影さんが動いて──桃の木に触れた。
 氷魔法の霜がしっとりと溶けた幹は、春の陽を受けてみずみずしく、甘い香りを漂わせている。ぽそりと(懐かしい香りだ)と呟いたのを、私の獣耳が拾ってピクピク動いた。

 その耳先をフェンリルが摘んだ。
 な、なになに?

 振り返ると、国王様が膝を折ってくださり双子に頭を下げているところだった。

(あっ、注意力散漫でごめん……!)
(エルは幼狼みたいなものだからそんなものだよ)

 くうう。
 そんなもの以上になりたいなあ。ブラック企業精神にならないようには気をつけるけど……!


「……あいわかった。誠意を持ってラオメイは対応しますぞ」
「「きっとおねーちゃん喜びます」」


 ……これで、緑の国の王様と”意を反する者”にとって一番厄介なのがあの双子になったわけで。

 ご丁寧に肩掛け鞄も背負っているから、国書以外にも何が入っているだろうと気になるよね? フェルスノゥ王国の護衛に目配せして、双子を害そうとする存在を注視してもらうことにした。


「「きっと素敵なハネムーンになります!」」

 双子が、私とフェンリルの手をとってそう言ってくれるのは本心か、演技なのか、そうしてみせるという王子としての矜持なのか……。
 きっと、と繰り返すこの子達の言葉には願いが込められている。
 万事上手くいきますように。


 二人と手を繋いで、フェンリルと寄り添って、この山々に花が咲いていくのをしばらく眺めて過ごした。


 背後から視線が突き刺さってきている。

 フェルスノゥの護衛が信者力を発揮して(フェンリル様方尊い……!)と思っているだろう視線と。

 王様のこれからを見定めている真摯な視線と。

 悪意がこもった怨嗟の視線。




 *




 ──ラオメイ平民街。

 山荘群はざわめいていた。


 山肌に横向きに生えた木の上に作られた山荘は、長年じわじわと弱っていた春の影響で、木に苔が生えたり湿ったりしていた。
 今年の春には期待していたのだが、今度はなんと乾燥して木々が割れ始めたことに不満を募らせていた。

 宮殿に直訴に行こうと、班長たちが集まっていた矢先に、冷風が吹いた。

 最も大きな会議所から出てみると、小桃(・・)の花びらが散っている。

 小桃は平民街がある高さにのみ生息する樹木で、鮮やかな花とともに実をつけて、食べごろになるとすぐさま瑞々しい花を散らすのだ。それは春龍からの平民への祝福であると言い伝えられていた。

 甘やかな桃の花吹雪に、うっとりとみんなが見とれていた。
 子供が走り込んでくると、服に小桃の実をたくさん拾っている。味見をしたのか口元が汁で汚れていて、どのような良い甘味だったのかというのは笑顔を見れば明らかだった。

 しかし、山の民は疑り深い。
 大人たちは素直に喜ばず、難しい顔で痩せた顎を撫でている。
 そうなるくらい、苦労があった。


「なぜだろうな?」
「どのような作用があった?」
「それは……王たちの仕業だろう。さっき山頂に向かってゴンドラが走っていった」
「あいつらめ、何をやりやがった? 次から次へと」

「翠玉姫殿が動いたのだろうか?」


 かつて、春龍の元へいき春姫になるために育てられていた王族の姫君。自由奔放でわがままだった彼女は適齢期になってもまだ春龍のところに行くことを渋っていた。

 さまざまな予想が話される中、扉が開く。

 この平民街の長老が現れた。



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