冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

春フェンリル:プロローグ[GO!ハネムーン]

 
 そりゃあ私ってフェンリルに大事にされているって思うわけですよ。
 さらふわモフモフの毛並みに埋もれて寝させてもらえるし。
 優しい言葉を朝から晩までかけてもらえるし。
 成長するための勉強だってみてくれる。


 ユニコーンのグレアは補佐として私の足りないところを助けてくれる。
 森林や草原のあっちこっちに出かけて合った仕事を届けてくれる。
 それ以外は自分でこなしてしまう万能補佐。


 フェルスノゥ王国のみなさんはいつも冬姫様って慕ってくれる。
 手伝ったことになんでもお礼を伝えてくれて。
 だからもっと頑張りたくなる。


 でもね。
 だからこそなのよ!!!!



「たのもーーーー!」


 フェルスノゥ王城の会議室、どっしりと重い観音開きの扉を氷混じりの冷風でぶちあけると、中にいた人々はびっくりした顔でこっちをみた。

 フェンリル、グレア、王様たち、管理職のみなさま。

 それから(あー涼しくて気持ちいい)とでもいうようにうっとり目を細めていた。
 そりゃあどうも。
 みんなに冬の加護のあらんことを。
 でもね、卓においてある紙資料をさりげなく机の下に隠したのに、私は気づいたよ?


 こういう時、一番立場のある人にアプローチできるのがいい。幸いそれは私に甘いフェンリルなので。

 つかつかと寄っていって、手首をがしっと掴む。

 ……こ、このっ……机の下から引きずり出そうとしているのにやたらと力が強いな!?
 意地でもソレを見せたくないのね?

 獣耳がへにょんとしてしまって、興奮がしぼんでいく。
 負けるなエル、ここでしょんぼりしていたって事態は好転しないんだからーっ!

「ど、どうして言ってくれなかったの!!」
「泣いてしまったな。ああほらまつ毛が凍ってる」
「うううう」

 私、弱い。
 ちくしょう、半眼のグレアでもみて落ちつけ。
 フェンリルがよしよしと頭を撫でてくれている。ちくしょう嬉しい。でもそれとこれとは別。


(フェンリル様! どうなさいますか、まさかエル様に知られてしまっているとは)
(うーん、エルのこの怒った顔は珍しいからもうしばらく見てみようか)
(賛成です)
(賛成です)
(賛成です)

 おいフェルスノゥ王国会議これでいいの?
 小声をばっちり拾ってしまった獣耳がヒクヒクと引きつったように動いた。

 ごまかすようなフェンリルの微笑み。

「なにを?」
「言ってくれなかったの嫌だった……」
「エルはなにを知ったんだ?」

 普通に尋問みたいで迫力がすごいけど負けないぞ。
 背後で誰かがドカンと倒れている音でも聞いて気を紛らわせよう。


「緑の国への訪問!!」

 口から出た言葉は、叫ぶようだった。

 続けて、とフェンリルが言ってくれたことだし。やってやらあ。早口でまくしたてる。


「今年の春はやたらと短かったんでしょう。きちんと春になったけれど、二週間くらいでもう夏になろうとしてる。それは春龍が完全には回復していなかったせいだから、助けてもらえないか……って緑の国の使者が来ていたんだよね。それを私にも聞かせて欲しかったです!」

「敬語……」

「フェンリルだけじゃなくてお城のみなさんに語りかけているから、敬語にさせてよお!」

「しょうがないな」

 可愛いものでも見るようにフェンリルが眺めてくるけど、ごまかされませんからね!


 ああ真剣な真顔になられた、がっつり主導権を持って行かれてしまう……美しいってずるい……

 私も文句言ったし、フェンリルの主張も聞くっきゃない。
 聞いたあとにまた意見を言おう、だから絆される前に情報を判断するんだぞって、ふわふわした脳に吹雪を召喚する。

 フェンリルの声は嵐の前の空気みたいな重さがある。

「緑の国の使者が”どのように”助けてほしいと告げたか、聞いてるね? 緑の国への訪問だ。春をまだ終わらせるわけには行かないから、冬の冷風で春の気候を長続きさせてほしいと。暑さにへばってしまった春龍のそばで冬の魔法を使ってくださらないか。そのようなことを願われたんだよ。
 そんなことができるのは、同じく四季の大精霊であるフェンリルだけだというのに」

「……やらないの?」

「四季の大精霊は、住まいとしている土地から出た例がない。もっともその季節にふさわしい僻地で、四季を呼ぶのがならわしなんだ。もしも外に出て、どちらかのフェンリルが傷つけられたらどうする? 私が死んでしまえば安定した冬を呼べなくなる、エルだけではまだ未熟だからね。エルが死んでしまえば、次代への継承権をもたない私を最後にフェンリル族は滅亡する。どうしてもできないんだよ」

「やらないの、って私は聞いたの」

「エル?」

 私、勇気を出すんだよ。
 足、震えてるけど立って。

「できないって絶望していたらそれで終わりになっちゃうじゃない」

「それはそうだが……」

「もしもうまくやれたら? フェンリルが駆けつけて春を保って、春龍も癒される。春が正常に進んで、夏にバトンを渡して……そうすれば一年間、春龍はゆっくりと休むことができるよね。
 そっちを考えないのはどうしてですか?」

「あの事件を起こしたばかりの緑の国を信用できない」

 まだ若いらしい管理職の人が、絞り出すように言った。
 私のほうを心配そうに見ながら。

「そうですよね……。けれど、緑の国は、緑の姫様とともに自国での努力をして、春を呼んでくれた。それでも無理だったからこっちに助けてって言ってきた。これを助けなかったら春が安定しないんでしょう? 春が安定しなければ、満足な夏がやってこない。夏が調子を崩したら、秋の気候にも影響が出る。そして冬へ──世界の四季は巡っているから、けして他人事じゃないはずです」

 なにか言われる前に、フェンリルの頭をぎゅっと抱え込んだ。
 エルを危険に晒せない、とか聞こえたような気がするけど、今はそういうときじゃないんだなあ!

 くらえ! そんなん私だって大好きだし!

「じわじわと死んでいくくらいなら、根本を変えてしまいましょうよ。もしかしたら国々が協力して世界中を癒していくべき時なのかもしれません。もともと荒れた世界を生きやすくするために大精霊が生まれたはずです。
 大精霊が外にも姿を見せることで、国内外で、四季への関心や感謝がより深まることでしょう。快く注目されているってことは、こっそりと毒で攻撃して大精霊を倒そうとするような陰謀も働きにくいんですよ! 味方を増やして敵を減らす!!」

「発言が大砲すぎる」
「おおざっぱですねえ」

 クリスが唖然と、グレアがじっとりと呟いた。

「好ましいですわ」

 ミシェーラが氷の微笑を浮かべてこてりと小首を傾げた。
 同意はしてくれてもすぐには頷かないあたりが、女王様の風格になってきたよねえ。


「緑の国があのような凶行に走ったのも、詳しく話を聞いてみれば、春龍の弱体化による資源の喪失と人々の飢えによる影響も大きいようでした。個人の体力低下も酷かったですし、国内政策にかかりきりになっていたので、バカ王子の企みにも気付くことができなかったそう。四季の恵みで世界が裕福になったなら、無用な争いは減るでしょうね……」

 フェルスノゥ王国でも、冬が来なかった三年間は飢えもあったそうだから、ミシェーラはより身近に感じているんだろうな。
 この国が食べていけるのは、冬の恵みのおかげ。
 それがなくなったら僻地特有のひもじさがやってくる。

 大精霊のような土地を癒すものがいない僻地は、ずっと苦しいままなんだから、それも解消されたなら……。

「大精霊は四季という偉大なものをつかさどります。『害すれば四季が来なくなる』『それで”困る”から害さない』という判断をあのバカ王子もしたかもしれません。もしもの話ですけれど。──四季の恵みの恩恵を見せつけることには、意味があると思いますわ。とくに、不調な春が治ったという奇跡を見せつけられたら尚更……!」

 ミシェーラはさっきよりも語気を強めた。
 にっこりと大臣たちを見渡すと、ブツブツと議論が起こる。

「春祭りでは他国の移民もフェンリル様への感謝を口にしていたな」
「外国では大精霊は幻のように語られていて、お姿をみたこともないし、感謝しようにも実感がなかったとか……」
「四季は当たり前にくるものではないと、大精霊様の存在を知らさねば」
「我々とて、春龍様への感謝を忘れていたのだな……」
 …………


 さて、決定権はこのフェンリルの一声なのよね。

 私の腰に腕を回して完全に抱きつく姿勢になっているから、それはもう、「危険に晒したくない」私情だけなんでしょうよ。あーーーーーーーー幸せだけど今それじゃない。あのね!


「フェンリル。人々と、他ならぬ貴方のためにもなるの。もう傷つけられなくなるし、弱っている時には他の国々や大精霊の力も借りられるはずだから。だから再考して欲しい……」

「エルのためは?」

「忘れてた。もしも今年の春が上手くいかなかったせいで来年の冬にフェンリルが弱っちゃったら、私、ものすごく後悔すると思うよ。だから、フェンリルに元気でいて欲しい私のためにも、今、春を治したいの」

「……」

「それが一番私のためなの!!」

「素敵な告白だ」

 ふにゃりとフェンリルの桜色の獣耳が折れて、すりすり頭をこすりつけてきた。
 かっっっっわいいかよ。

 返事を聞くまで耐えるんだよエル。

「告白のお返事をちょうだい」

「分かった、行こう。一緒に」

「……やった! あ、ハネムーンみたいだね」

「ハネムーン? 夫婦になったばかりの二人が旅行に行く行事か。エルの発想は面白いな。大精霊にそのような人の文化を教えるなんて。ッフフ……!」

 あ、ウケてる。
 口元に手を当てて、クスクスしてる。ちょっと頬は赤らんでいて、くすぐったそうに口角が上がってる。私が立っていてフェンリルが座っているから、上目遣い。


 視界が良すぎるという言葉の最上位互換をください。


「行こう。春龍の回復補助、名目を冬フェンリルのハネムーン!」

「そんな名目にしちゃっていいの? 私情の方が前に出ちゃっているけども。ていうかフェンリルの口調がノリノリ」

「エル様。回復補助の言葉を優先してしまいますと、春龍が弱っていることが広報されてしまいます。察されているのと発表するのとでは周りの心構えが違いますから、国民の暴動や、他国からの介入などがないように、もし訪れるにしても「外遊」という表現をする予定だったのです」

「そうなんだね。そこまでは私の想像が及ばなかった、ごめんなさい」

「尋ねられたから教えられたのです。疑問を口にして頂けて良かったですわ。──わたくしはお二人のハネムーンに同意いたします」

「ミシェーラ!? 二人とも出すのか!?」

「あら、ハネムーンですもの。骨を埋めるなら二人共々、その時はこの世界も丸ごと道連れですわ。冬そのものを害しようとするものたちよ、お覚悟はよろしくて?とね」

「強烈なメッセージになるな……。分かった、クリストファー・レア・シエルフォンも賛成する」

「くっ、俺も世界の終焉まで連れて行って頂きたいですが……! 生きて帰ってきて下さるでしょうから、住処の安全を守ります。補佐官のグレアも賛成します」

「賛成する」
「あのフェンリル様たちの新婚模様を拝見できるなんて緑の国が羨ましすぎるだろ。でも賛成です」
「仲むつまじさをさらに増して帰ってきて下さいましいいい! 賛成です」
「賛成です」
 …………


 みなさん同意してくださったみたい。
 感激や羨ましさで涙腺が緩んでいる方々がいるのは相変わらずだし、フェルスノゥ王国は大丈夫そうだな。

 私にできることは安全に帰ってくること。冷風で春龍を癒すことだね。
 この会議室に乗り込むまえにかなり葛藤しておいたから、大丈夫、私もこれから頑張れる。……それに楽しみにもなった、かな。

 桜祭りで、春に冷風や氷魔法を扱うことは練習できているし。
 せっかくなら明るく。
 エルとフェンリル、ハネムーンに行ってきまーーす!



 したくで魔法の服を渡されたり、双子の王子様たちもついてくることになったり、クリス・グレア共同開発の通信魔道具がつくられたり(遠隔でユニコーンの呪いをかけられるらしい)。


 ドタバタしながら、出発の日を迎えた。


 いざ、ハネムーーーーン!



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※10月から春フェンリルを連載していきます!   読んでいただけると嬉しいです。
楽しい読書になりますように。

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