冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話
(おまけ小話)桜祭りと雪の国・当日編3
昼になり、雪だるまがいる光景も見慣れてきた。
街の人々は思い思いにのんびりと桜祭りを楽しみ、飽きてきた子どもが「何か新しい楽しいものはないか?」とキョロキョロし始める。
「あっ」
「なに?」
「あの子。遊んだことないんじゃない?」
「本当だ。えーこの辺の奴らで知らない子っていたっけ」
「もしかして移民なんじゃないの。冬の間は寒くて引きこもってたとか」
子どもたちが見つめる先には、隠れるようにひっそりと居る小柄な男子。
この国では珍しいまっすぐな黒髪に、切れ長のつり目。眉は困ったように下がっている。
「緑の国の……?」
「雪だるまがあの子に構い続けてるね」
まるまるとした雪だるまは男子の手を取ったり、ベロベロバーと変顔をしたり、抱きついたりしている。
冷たいのが苦手なようで、男子は飛び上がっていた。
「プフっ。フェルスノゥ王国であんな反応する奴いないよ」
「面白いね。話しかけてみよっか」
「でも緑の国の……って事件になってなかった?」
「フェンリル様たちが作ってくださった雪だるまと仲良しなんだから、大丈夫でしょ」
でも、と子どもたちはちょっと躊躇った。他国の子どもと触れ合うのは初めてなのだ。
ポケットを探って、お菓子を集める。
それをまとめて籠(バスケット)の中へ。
仲良くなりたい時にはお菓子のプレゼントを、というのがフェルスノゥ王国流だ。
”寒い冬の日を乗り越えられるように甘いエネルギーをあなたに分けてあげたいの”というメッセージが込められている。
(これがあればきっと仲良くなれる)──子どもたちは勇気を出す。
ふわふわの金髪を揺らして、三人組の子どもが駆けてきた。
黒髪男子はビクッとして、逃げようとする。
けれど雪だるまが離してくれなかった。
鉢合わせてしまったので、背中に嫌な汗がにじむ。この国における緑の爪を持つ移民の立場を、両親から口を酸っぱくして言い聞かされていたから。
早く話を終わらせよう、とぶっきらぼうに口を開く。
「な、なに?」
「ねえ!」
金髪の三人組は、お菓子の籠を見せてくれた。
「一緒に食べない?」
「……やめとく。初めてのお菓子は口にしちゃダメって、知らないのか? 毒があるかもしれないからって」
黒目を吊り上げて男子がそんなことを言うので、三人組はせっかくの気遣いを台無しにされたような気持ちになった。
「はあ!? 毒なんて入れるわけないじゃん」
「なんでそんなこと言うの!?」
「ヒッ……」
びっくりした男子は、縮こまってしまう。
ワタワタしている雪だるまは、喋ることができない。
喧嘩になりそうな子供達の間に、にゅっと腕が割って入った。
きらびやかな装飾が施されたブラウスを着た、雪のように白い肌ときらめく白金の髪の子どもだ。
ギョッとしている子どもたちの前で、クッキーを袋から出すと、パクリと齧った。
天使のような笑顔をキープしたまま上品に咀嚼する。
「美味しい! 私とも友達になってくれるって? そうかありがとう! お菓子の贈り物には、冬の寒さを乗り切れるような甘いエネルギーをあなたに、ってメッセージが込められているんだからね」
「……え!? そうなの?」
「そうさ。緑の君は、祖国の薬用菓子は子どもにとって毒になることがあるから大人が一緒じゃないと食べちゃダメ、って言われているんだよね?」
「「「なにそれぇ!?」」」
「文化の違いって面白いよね。私、そういうの大好き! 分かり合えた瞬間はもっと好きさ!」
もぐもぐ、ごっくん。
上品にハンカチを取り出して唇についた粉をふいた天使のような子どもは、にっこりとしたままお菓子の籠を指差す。
「さて毒味は済んだ。こちらのお菓子を君もひとついかが?」
「……いいの?」
上目遣いに、黒髪男子が三人を見つめる。
風が吹いて前髪が乱れたら、かわいそうなくらいに眉尻が下がっていた。
おそらくさっきもこのような表情をしていたのだ。
ただ特徴的なつり目が、キツイ印象を与えがちなのだろう。
三人組は「はーー」とこれ見よがしに息を吐いて、気持ちを切り替えると、それぞれオススメのお菓子を押し付けるように渡した。
「もらっていいに決まってるし。どうぞっ」
「こっちから誘ったんだからさ」
「あ、ありがとう……!」
「それにこの国の王子殿下がお菓子を分け合おうって言ってるのに、ダメ出しなんてしないって」
「ええ!?」
見開かれた真っ黒な目と、ジトリとした青眼に見つめられて、天使──もとい第四王子ジェニース・レア・シエルフォンはまたしても柔和に微笑んだ。
それだけで空気が華やぐほどだ。
よくよく見ると祭りにしても着飾りすぎなほどである。王子様の外出着なのだろう。
フリルブラウスに薄緑色のベスト、金装飾のベルトに仕立てのいい靴。
「王子が市街に出歩くなんて……誘拐や殺害をされたらどうするの!?」
「緑の国こわすぎるんだけど」
「うちの国では、たまに姫様や王子殿下たちが街に遊びにくるよ」
「市街の視察も兼ねてねー。フェルスノゥ王国っていいところだよ」
「そうそう! いいところなんだ。私はまだ知らないことも多いけどね。例えば商店街の美味しい店とか」
ジェニースはじいっとお菓子の籠をまだ眺めている。
目はツララのようにキラキラしていて、どうやらかなりの食いしん坊のようだった。
「これから商店街に買いに行く?」
「おや、すまないね! では緑の君もよかったら一緒に」
「えっ、えっ」
「もう友達だ、と雪だるまも言っているから。あっはっは」
陽気に笑うと、雪だるまの木の枝の手と、折れそうなくらい細い黒髪男子の手を繋いだ。
その空気につられて、金髪の三人組も一緒に歩み出す。
「あの、えっと、まだお菓子食べてないから友達じゃないんじゃない……!?」
「細かいね。じゃあ歩きながら食べてごらんよ」
「王子様がこんなこと言うのぉ!?」
「「「うちはいい国だぞ〜っ」」」
子どもたちがパタパタと駆けてゆく。
通り過ぎた広場では、秋の国のリズムで舞踏が行われている。靴底を鳴らしながら、赤毛の青年がおおきく舞う。
そのにぎやかさの全てを覆うように、ざああっと桜吹雪が街に訪れた。
これからパレードが始まるのだ。
桜色の空を思いっきり見上げて、見上げ過ぎたひまわり色の髪の少女が転んでしまった。
手を差し伸べたのは、やはり白金色の髪の天使だった。
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